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「ねえ圭吾」
「だから、たまたまだ」
「さすがにそれ嘘だよね?」
「嘘いってどうすんだ。人間生きてりゃ偶然なんて腐るほどある」
「ないよ」
「あるだろ」
言い切る圭吾に美空はむうと唇をとがらせた。再び車に乗り込み山を下りるこの道中、何度となく疑問を投げつけるも男の答えはこの一辺倒のみ。
「ねえ圭吾」
「旅館どこだ」
「もうっ、またはぐらかしてる」
「温泉街だろ」
隣でハンドルを握る圭吾はまさに暖簾に腕押し。美空は諦めた。
「そうだけど。駅でいいよ」
「ここからだと駅より温泉街のほうが近い。それに時間も時間だ」
車に備え付けられているデジタル時計は、いつの間にかお昼どころかおやつの時間。まもなく3時になろうとしている。いい加減に男も疲れているに違いない。もちろん美空も。
「そっか。もしかして圭吾の泊まる旅館も温泉街のどこか?あ、警戒しなくても詮索しないから」
全国的にも有名なこの温泉街には、旅館もホテルも数多く建てられている。同じ区域内だが明日にはここを出るため、いま別れてしまえばもう会うことはないだろう。
「べつに警戒してるわけじゃない。で、おまえの旅館はどこだ」
美空は素直にスマホの画面に情報を表示させた。
「ここ。加賀美っていうわりと老舗の旅館。知ってる?」
圭吾は特に返事をしなかった。それは肯定、知っているということなのだろう。この辺りには何度も来ている男の無言を美空はそう捉えた。けどそうじゃなかった。そう、いわゆる葛藤ゆえの沈黙だったのだ。
「桜井様と、お嬢、様……?」
老舗旅館加賀美。黒い大きな車が滑り込んだ正面玄関前。出迎えに現れた加賀美の番頭さんが、車から降りた美空に目を丸くしている。ここ数日ですっかり顔馴染みになった番頭さんの反応に、美空もドアを開け放ったままその場で目を丸くした。
桜井様?それは美空の苗字ではない。もしかしてそれって。まさかの想像が頭をよぎったとき、さらなる声が響いた。
「まあまあ桜井様、今回はお早いお付きで。えっ、美空お嬢様っ!?」
遅れて出迎えに現れた女将が、驚きに目を見開きながら美空と圭吾を交互に見ている。この想像、決定。
「圭吾の泊まる旅館、ここなんだ?」
しかも常連客?振り返った視線の先では、車の運転席に座る男が額に手を当て諦めの境地で目を閉じていた。
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