02-1

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「まあでも、あの写真の数々を見たらやるしかないって思うよね。荒川君もきっとそうなんだろうな。写真のデーターを見たとき、震えたっていってたよ彼。当初より展示される数は少なくなるけど、これまでの個展の中で一番の出来になるだろうっていうのが僕と荒川君の見解。きっとこれを機にサクはさらに飛躍する」  高岡はチーズを裂きながら、その目を細めた。 「何年か先の桜井圭吾はこういうだろう。きっかけは2022年の個展。その最後の二枚が自分を変えたのだと。その出会いがいまの桜井圭吾を作り、そして支えているのだと。仕事であっても人間を撮ることに難色を示す桜井圭吾が、プライベートで撮った初めてのポートレート。その価値は計り知れない」  そこで言葉を途切らせた高岡は一つ瞬きをしたのち、わずかに首を傾けた。 「特集記事の最後にそう書こうかと思っているんだけど、どうかな?」 「好きにしろ」  圭吾はカルヴァドスのグラスに口をつけながら投げやりに答えた。  圭吾という人間は、自身の個展さえもコーディネーターに丸投げするほど面倒が嫌いな男だ。撮影以外のことに関しては基本どうでもいいと思っている。だからといって寛容なわけではない。そこに誇張や偽りがあれば、例え長年の友人であっても二度と携わらせてもらえないだろう。 「サクが保存版にしたくなるような出来にするよ」  高岡がそう言い切ると、圭吾の唇がわずかに上がった。そんな二人のグラスにまたもや勝手に新たな酒を注ぎながらシノブがうふふと笑う。 「高岡ちゃんの顔、一編者として駆けずり回ってたころの顔してるわよ。編集室長はそんなにつまらない?」 「つまらなくはないけど、総合的な判断決定管理が主な仕事だからワクワク感は薄いんだよね。だから今回はある意味、棚からぼた餅なのかもしれないな」 「つまりワクワクしてるわけね」 「そうだね。上に掛け合って来月号の頁数を増量させたいぐらいには。なにせ載せたい内容がありすぎる。時間もないのに掲載写真を選ぶのにも苦労しそうだよ。けど、そこだけはサクの審査が厳しいからなあ」 「当たり前だ」 「例のポートレート、やっぱりダメ?」 「何度も訊くな」  圭吾に素っ気なく切られ、高岡はため息をつく。 「だよねえ。そりゃそうか。サクの気持ちがダダ漏れな写真が、雑誌という媒体をとおして不特定多数の人間に行き渡るの、そりゃいやだよね」 「……高岡」  圭吾がじろりと高岡を睨むもすでに遅し。カウンターの向こうの大男が、にやにやしながら身を乗り出してきた。圭吾はいやそうにこめかみをひくつかせる。 「黙れ」 「ちょっとぉ、まだなにもいってないじゃない」 「すでに顔がうるせえ」 「なによそれー。失礼しちゃうっ。でもしょうがないじゃない。気持ちダダ漏れな桜井ちゃんなんて、天地がひっくり返ってもお目にかかれないもの。そりゃあ気になるわよお」  プンプンしてる髭面強面。どんな絵図だ。半目になっている圭吾の横で高岡がくすくすと笑う。 「まあまあシノブママ。気になるだろうけど、それは写真を見てからのお楽しみってことで。雑誌への掲載は却下されたから、個展で確かめてみてよ」 「んもー、焦らすわねえ」 「おまえは来なくていい。つーか、来んな」  なによそれーっ。と叫ぶシノブを横目に煙草をくわえた圭吾に高岡が火を差し出す。さんきゅとつぶやく友人に高岡はゆるりと口元を上げた。 「来月はサクにとって、人生の分岐点になるんだろうね」 「かもな」  男は否定しなかった。
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