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現れるかどうかもわからない女のために、無理を強行した男の一世一代の賭けの結末は、はたしてどんな模様を描くのか。
その行方を見守る幾人かの人間の心を踊らせながら、桜井圭吾の写真展は幕を開けた。
初日から沢山の来場者が詰め寄せ、個展の評判は日々高まっていったが、二日三日たっても待ち人は現れなかった。
ポートレートの女性が現れたら即座に連絡をする旨、荒川をはじめとするスタッフらは固くいいつけられていたが、圭吾のスマホは一度も鳴ることはなく、とうとう1週間が過ぎた。
陣中見舞いにやってきた高岡は、憮然とした顔つきで煙草の煙を吐き出している圭吾に苦笑した。
「サク、気持ちはわかるけどさ、その剣呑な空気やめなって。荒川君もスタッフも毎日、目を皿にしてるんだろうし顔認証も作動させているんだろ。なら見逃しの可能性は低い。つまりまだ現れてないってことだ」
じろりと圭吾に睨まれるも高岡は冷静だ。
「まだ個展は始まったばかりだ。焦るには早いよ。だいたい賭け事っていうものは、最後の最後までわからないものだろ?」
「だといいけどな」
素っ気なくも投げやりな圭吾に、高岡はやれやれと肩をすくめると、閉じられていたブラインドを開けた。
「こんなに暗くしてるからイライラするんだよ。とりあえず荒川君に当たるのはやめときなよ?食事を届けにいくのも怖いって嘆いてたよ彼。んー、いい天気だ」
高層ビル内にある展示場より階上に位置するこの控室からは、東京の街並みがよく見える。下を見下ろせば、写真展を目的としている人々が列をなしていた。
「平日だっていうのに今日も盛況だねえ。おかげさまでうちの売れ行きも好調」
「へえ」
なんとも興味なさげである。まあそうなのだろう。彼女がこのまま最終日まで現れなければ、高岡渾身の作である特集記事は保存版どころか、ただの紙クズとして扱われるに違いない。
もしや再起不能とかにならないだろうな。などと不穏なことを考えている高岡の足元、遥か下の会場内で、これでもかというほど目を見開いている男女がいることなど、このとき高岡も圭吾も荒川さえも気づいていなかった。
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