02-3

3/6

89人が本棚に入れています
本棚に追加
/52ページ
 突如現れた二人に目をぱちくりとさせながら美空は立ち上がった。いまだ頬はリスのようにパンパンであるが。口の周りに白い粉をつけているが。いやまて頬にまでついているではないか。  子供か子供なのかっ。早苗はこめかみをひくつかせ、その横で裕介がなるほどと腕を組んだ。 「これは大福だな。おそらく桜花堂。そこの豆大福、髭ジイ好きだったよな」 「そうね。あの店は和洋折衷で種類も豊富。しかもどれも美味しくてハズレがない。って、そうじゃないっ!」  芸人のようなノリッッコミを披露した早苗は再びキーッとなりながら、美空に人差し指を突きつけた。 「いまは桜花堂のことなんてどうでもいいのよっ。とにかくっ、まずはその大福をどうにかしなさい!って、なにを涙目になってもう一つ食べようとしてるのっ、私は口の中をどうにかしろっていったの!このおバカ!」  早苗に叱られ、新たな大福を手にした美空は唇を尖らせる。するとまた叱られた。 「口ごたえしないのっ」  美空はむぅとしながら急いで口の中のものを飲み込んだ。 「さーちゃんひどい。なにもいってないのに。残すなって意味かと思ったの。さーちゃん、いつもそういうし」  ようやく大福が無くなった口で抗議すると、早苗の目が三角になった。 「それは美空が普段から心配になるレベルで少食だからでしょっ。だからって、涙を流させてまで大福をもう一個食べろとかいわないわよっ。だいたいそれ、髭ジイの分じゃないのっ?」 「そうだけど。置いておいたらカラスとか来ちゃうし」 「そういうものはね、一旦お供えしてから持って帰るものなのっ。ここで食べてもマナー違反ではないけど、あんたの場合は持って帰りなさい!」  美空は目を丸くした。 「そうなんだ。知らなかった。さーちゃんって物知りだよね。やっぱり天才?」 「いや、普通だから……」  相変わらずの美空節に早苗は額に手を当てた。美空のこれは、冗談ではなく本気なのだ。これまで何度、今のように目を丸くされたことか。経験のある裕介も、でた天然美空ちゃん。なんて隣で苦笑している。ああもう疲れる。ほんとこの子、疲れる。 「とにかく、その大福は袋にしまいなさい」 「はーい」  美空の呑気な声に早苗はまったくと思いながらも、元気な親友の声をいまも聞けることに安堵も感じていた。  とりあえず場所を変えるか。という裕介の言葉に早苗は頷き、美空を促した。 「えーと、それじゃあ髭ジイ先生、また来るね」 「髭ジイごめんね。またあらためて来るから」 「髭ジイ俺も。また今度な」  三人揃って墓石に手を合わせ挨拶を済ませると、霊園の出口へ向かった。  髭ジイは美空や早苗、そして裕介も世話になった高校の教師だ。髭ジイというあだ名のとおり、立派な髭を生やしたおじいちゃん先生は古典と書道の特別講師として定年後も在任し、生徒の悩みを聞くカウンセラーとしての役割もこなしていた。  穏やかで懐の深かった髭ジイに救われた生徒は少なくない。特に美空にとって髭ジイの存在は大きかった。体調が悪くなるたびに保健室で泣いていた美空を髭ジイは優しく、時に厳しく励ましてくれたのだ。早苗や裕介はもちろんだが、髭ジイがいなければ高校を卒業することは叶わなかっただろう。  そんな髭ジイが亡くなったのは去年のこと。入院中だった美空は葬儀への出席は叶わず、その後も墓参りすらできなかった。けど、ようやく今日こうして来ることができた。  髭ジイの大好物だった豆大福をお供にたくさん話をした。一人旅のこと。出会った男のこと。あの写真。手術。報告したいことは山ほどあった。全部伝えられただろうかと首をかしげてしまうのは突然現れた乱入者のせいだ。おかげで少々消化不良気味である。  霊園の出口へと歩きながらそう文句をつければ、早苗に呆れた顔をされた。 「あんな大きな大福を無理して食べれば、そりゃ消化不良にもなるでしょ。なんで小さいほうにしなかったのよ」 「だって大きいほうが髭ジイ先生も喜ぶと思って。って、その消化不良じゃないし。最近は前よりも食べれるようになったし。ところで、さーちゃんたちはなんでここ?髭ジイ先生のお墓参りに来たわけじゃないんだよね」 「緊急の案件が出来たからに決まってるでしょ。何度かけても繋がらないし、メッセージ送っても既読にならないから美空の家に電話したの。おばさんに聞いたらここだっていうから」 「え、そうだったの?うそ、ごめん」  慌てて斜めがけしていたバッグの中を見れば、なんとスマホの画面は真っ暗である。 「あっ、そうだった。さーちゃん、ごめん。午前中に病院へ行ったから、電源切ってそのままだった」 「病院?もしかしてまた調子悪いの?」  途端に眉を寄せた早苗が心配そうな顔をする。その隣を歩く裕介も同じような顔をして美空をみた。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

89人が本棚に入れています
本棚に追加