02-3

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「それで?やっぱり痛かった?」 「……うん。痛かった、かな。でも圭吾、すごく優しくしてくれたから」 「へえ。まあそれもそうか。相手は大人で経験も豊富だろうし。で?さすがに最初からはイケないだろうけど、少しは気持ちよくなれた?」  ニヤニヤしている早苗に美空は頬を赤く染めた。 「そ、そんなのわかんないよ。圭吾にずっとしがみついてたように思うし、へんな声もたくさん出ちゃったし、最後はわけがわからなくなって、心臓の音だけがすごくて」 「へえええ。つまりすごく気持ちよくされちゃったわけか。やっぱりそこは大人な男のテクってやつね。もしかして2回3回されちゃった?朝まで寝かせてもらえなかったとか?」 「い、1回だけだよっ。っていうか、なんでこんな話?」 「いやだって、まさか美空とこんな話ができるなんて新鮮すぎて」  止まらないのよお。なんてイヒヒと笑う早苗に美空は赤くなった頬をひきつらせた。 「とにかくっ、もうこの話はおしまいっ。次はさーちゃんの番だよ」 「ええー、私の初体験の話?高校のときに話したじゃん。相手は裕介だって。また聞きたいの?」 「もうっ、そうじゃなくてっ。こっちだよこっち!」  美空はテーブルの上にある雑誌をばんばん叩いた。早苗はそうだった!とまたもや忘れかけていたらしいそれに視線を向けた。ようやく本題である。 「そうよっ、これよこれっ。桜井圭吾の特集が載ってるから見てみな。ほら、いいから見て」 「……うん」  自分から振っておいてなんだが、あまり見たくない。美空はじっと雑誌を見たのち、意を決するように表紙をめくった。圭吾の特集は冒頭から数ページに渡って掲載されていた。それは現在開催されている個展に関する特集らしく、あの写真が大きく使われている。 「個展、やってるんだ」 「今日、裕介と行ってきた」  美空は弾かれるように顔を上げた。 「たまたま駅でポスター見かけてさ、あの写真だったから撮影者判明の記念にお土産の一つでもって気軽な気持ちだった。けど内容みて目を疑った。そのあとのページ見てみなよ。いくつか今回の個展の写真が載ってる」  美空は驚きのまま、ぱらりと1枚ページをめくった。そして息を呑む。すぐにわかった。掲載されている数枚の写真。これはあの三日間の一部だ。 「個展のタイトルは218,160Sの永遠。桜井圭吾って個展はおろか写真にもタイトルつけないんだってね。でも今回はすべてにタイトルをつけた。しかも今回の個展、間際になって総入れ替えしたらしいよ。すべて決まっていたものを白紙にして関係者を泣かせまくったって書いてある。けどそこまでして変更したかった。美空との三日間に」  美空は息を止めた。どくんと心臓が鳴る。 「218,160秒。それって計算するとほぼ三日間の秒数だよ。そのどれもが桜井圭吾にとって永遠に等しい時間だった。私はこのタイトルをそう理解した」  どくんとまた音が鳴る。 「この個展はただの個展じゃないと思う。美空の話を聞いて思った。これは桜井圭吾から美空に向けてのメッセージなんじゃないかって」  どくんどくんと心臓が軋む。雑誌の上に乗っていた美空の手に早苗の手が重なった。 「ねえ美空。私の考えは間違ってるかもしれない。でも美空は個展に行くべきだと思う。全部最後まで見て、そして桜井圭吾に会いにいきなよ。きっと美空を待ってる。そんな気がするの」  美空はうつむくと唇を強く噛んだ。 「……無理だよ、行けない」 「おばさんには私からいってあげる。一緒に行くっていえばオッケーでるよ」 「そうじゃない。私が、行けないの。行ったら圭吾を忘れるなんて絶対にできなくなる。苦しくなるだけ」 「向こうは美空を待ってるかもしれないんだよ?」 「なら余計だよ。そうなったらもっと苦しい。待っててくれて嬉しいなんて思えない」 「どうしてよ」 「私の病気知ってるでしょ。これは死ぬまで治らない」  美空は顔を上げると、はっきりそう口にした。そうしないと早苗は引き下がらないから。案の定、早苗の瞳がわずかにゆらぐ。 「でも、いまはコントロールできてるんでしょ。心臓の手術も成功したじゃない。無理はできないだろうけど普通に生活できてるじゃない。それに人生を諦めないことにしたんでしょ?」 「そうだけど、圭吾のことはべつなの。私ね、圭吾のこと好き。すごく大切」 「なら」 「だからだよ。だって圭吾、こんなにすごい人なんだよ?この特集を見ればわかる。有名な写真家で容姿もいい。ファンだって沢山いる。そんな圭吾に私は似合わない。お荷物になるなるだけ」 「美空」  早苗の顔が哀しげにゆがんだ。美空も哀しくなる。けど仕方なかった。 「ごめんね、さーちゃん。さーちゃんの気持ちはすごく嬉しい。でも個展には行かない」  そう結論づけても、きっと圭吾のことは忘れられない。結局は苦しいままだ。それでも一歩を踏み出す勇気はどうしても持てなかった。
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