02-4

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「バカ!走っちゃダメでしょっ」 「だって待たせちゃったから。でも走ったってほどでもないよ」  そういいながらも肩で息をする美空に早苗はもうっ!と怒った。客観的にみればほんの小走りにすぎず、肩で息をしてるからなんなんだ。なんとも大袈裟だと人は思うだろう。  だが、健康な人間にしてみればただの小走りでも美空にとってはマラソンなのだ。普通が普通じゃない日常。それは常に美空を苦しめてきた。  理解のない人間からの陰口もあった。特に女子は顕著だ。事情を知れば面倒、気を使うと遠巻きにされ、男子に優しくされれば、わざとらしい、病弱のふり、ぶりっ子と嫌悪される。加えて入退院を繰り返し、満足に学校へも通えない。仲の良い友人などできるわけもなく、いつも一人だった。  そんな美空を救ってくれたのが、高校2年で同じクラスになった早苗だった。竹を割ったような性格の早苗は美空のそんな環境を心配し、自身のグループに入れて守ってくれた。2年の夏から早苗の彼氏になった裕介もそこに加わり、美空は決して多くはないが男女複数の友人を得ることができたのだ。  その筆頭である早苗はいまや美空の親友で、厳しくも良き理解者である。からこそ、こういうときは容赦がない。 「そこまで待ってないから。それよりも具合悪くなられるほうがよっぽど困るから。大丈夫っていって大丈夫じゃなかったこと、いままで沢山あったよね?それともなに。来た早々、帰りたいの?藤宮に連絡してお迎え頼もうか?」  早苗の説教に美空はううと眉を下げた。 「それはやだ。一昨日からずっと楽しみにしてたんだよ。イルミネーションは大好きだし、さーちゃんちにお泊まりも初めてだから絶対に行きたい」 「なら普段からダメっていわれてることはしないこと。いい?」 「はーい」  いまいち真剣味が足りない返事だが、まあいつものことだと早苗が嘆息すると、そろそろ行きますかと裕介の苦笑いが落ちてきて、ようやく女子二人の足が動いた。 「でもさ、イルミネーションってまだやってるんだね。ああいうのって12月がメインでしょ?やってても1月か2月ぐらいまでだと思ってた」 「街中はだいたいそんな感じかもね。でも遊園地とか水族館、あとは有料の大きい公園なんかは4月の頭までやってたりするみたいね。ま、そういう場所はまた改めてあれしなさい」 「あれって?」 「あれはあれよ。ね、裕介」 「あれだな」 「ええ、なによ二人してえ」 「はいはい、口をとがらせないの。ほらこっち入るよ」  そういわれて入った場所は大きなビル。そこは複数のカフェやブランドショップと共に多目的ホールと劇場が併設されている大型複合施設だ。早苗と裕介が1階の多目的ホールの前で立ち止まった。美空はきょとんと目を瞬いた。 「え、ここ?なんか暗いけど。っていうか、人いなくない?」  多目的ホールの前は閑散としており、明かりも消えている。イルミネーションをやっているようには見えない。向かいにあるカフェのほうがよほど煌びやかだ。 「中に入ればわかるよ。大丈夫、ちゃんとやってるから。ほら行くよ」 「いやでも、これ終わってるように見えるんだけど。それに普通、なにか案内的なものがあったりしない?」 「大丈夫だって」 「美空ちゃん、行くぞ」 「ええっ」  二人がドアを開けて入ってしまったので、美空も続くしかない。慌てて追いかける美空の背中でドアが閉まった。だから美空は知らない。  そのドアの前に一人の男性が現れ、入っていった三人を見て、まだやっていたのかと駆けてきた最終日を逃したらしい客に頭を深く下げ、立ち入り禁止の立て札を置いていたなど知るよしもなかった。
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