02-4

4/7

89人が本棚に入れています
本棚に追加
/52ページ
 扉の正面は白い壁。床に設置された二つのライトがなにもない壁を淡く照らしている。 「さーちゃん?」  さすがにおかしい。なにもない。誰もいない。眉をひそめていると早苗に腕を引かれ、正面の壁を右に折れた。 「ねえ、どういう、」  そこで美空は言葉を失った。目の前にあるそれに目を見開く。どうして。なぜ。そこにはあの写真があった。美空がずっと大事にしてきた生と死だけの世界。圭吾の写真。そしてその下にシンプルな文字でタイトルが記されていた。 ーー218,160Sの永遠。  美空は唇を噛んだ。ここがどこなのか理解したのだ。 「私、行かないっていったよ、ね」 「そうだね」  早苗の声はいたって冷静で、それがムカついた。 「ひどいよ、さーちゃん。騙したの?イルミネーション見に行こうっていうから来たのに嘘つくなんて」 「べつに騙しても嘘ついてもいないけど?だいたいイルミネーションなんで一言もいってないけど」 「えっ!?」  今度は早苗に対して目を見開いた。 「いってたよねっ?」 「ううん、いってない。夜、煌めきを見に行こうとはいったけど、イルミネーションという単語は一度も出してないし、今日もそんなことはいってないでしょ」  美空は愕然となった。そのとおりすぎて。そして誘いを受けたときのことを思い出せば、確かに早苗は煌めきといっていた。そうとしかいっていなかった。けどけどけどもっ。 「なにそれぇっ。夜に見る煌めきっていったら普通はイルミネーションだって思うでしょっ。そうだよねっ?裕介くんっ」 「んー。どうかなあ」  だめだ。裕介は早苗の味方に決まっている。美空はぐっとうつむいた。 「……帰る」  そうつぶやくと、まるで阻止するように美空の手が握られた。早苗だ。 「美空、聞いて。美空の勘違いはあえて訂正しなかったけど、私は嘘をいったつもりはないよ。だってこの先にあるものは美空にとって、きっとすべてが煌めきだと思うから。私ね」  美空の手を握る早苗の手に力がこもった。 「桜井圭吾に会いにいったの」 「え?」  美空は驚きに固まり、ぎこちなく早苗を見た。 「……うそ、でしょ?」 「本当だよ。五日前ここに会いに来たの」 「なん、で?」 「見極めたかったから。桜井圭吾の真意を。そして本当に美空を託せる相手か知りたかったの。ねえ美空、あの人は本気だよ」  瞳をゆらめかせた美空は再びうつむいた。 「でも無理だよ。私は」 「ハンディがあるって伝えた。決して小さくはないとも」  短く息を呑む美空に早苗はごめん!と勢いよく頭を下げた。 「勝手に話していいことじゃないのはわかってる。あとでいくらでも怒っていい。けどそれ以上は話してない。話すつもりもなかったんだけど、話す必要がなくなったの」  早苗は顔を上げると美空をじっと見つめた。 「あの人ね、少しも動じなかった。表情ひとつ変えずに、一言そうかって頷いただけ。どんなハンディか訊くことすらしなかった。きっとあの人は美空のことを重荷だなんて思わない。ありのままの美空を受け止めてくれる。そう思えたから今日ここに美空を連れてきたの。ねえ美空、我が儘になることを怖がらないで。こんな出会い、もう二度とないよ。美空だってわかってるでしょ。このまま帰ったら美空はきっと後悔する」  黙ったまま唇を噛んでいる美空の背中に早苗は手を添えた。そしてその顔をのぞきこむ。 「見てきなよ。そして会っておいで」 ーー桜井圭吾に。  早苗の手が優しく美空の背を押した。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

89人が本棚に入れています
本棚に追加