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扉の正面は白い壁。床に設置された二つのライトがなにもない壁を淡く照らしている。
「さーちゃん?」
さすがにおかしい。なにもない。誰もいない。眉をひそめていると早苗に腕を引かれ、正面の壁を右に折れた。
「ねえ、どういう、」
そこで美空は言葉を失った。目の前にあるそれに目を見開く。どうして。なぜ。そこにはあの写真があった。美空がずっと大事にしてきた生と死だけの世界。圭吾の写真。そしてその下にシンプルな文字でタイトルが記されていた。
ーー218,160Sの永遠。
美空は唇を噛んだ。ここがどこなのか理解したのだ。
「私、行かないっていったよ、ね」
「そうだね」
早苗の声はいたって冷静で、それがムカついた。
「ひどいよ、さーちゃん。騙したの?イルミネーション見に行こうっていうから来たのに嘘つくなんて」
「べつに騙しても嘘ついてもいないけど?だいたいイルミネーションなんで一言もいってないけど」
「えっ!?」
今度は早苗に対して目を見開いた。
「いってたよねっ?」
「ううん、いってない。夜、煌めきを見に行こうとはいったけど、イルミネーションという単語は一度も出してないし、今日もそんなことはいってないでしょ」
美空は愕然となった。そのとおりすぎて。そして誘いを受けたときのことを思い出せば、確かに早苗は煌めきといっていた。そうとしかいっていなかった。けどけどけどもっ。
「なにそれぇっ。夜に見る煌めきっていったら普通はイルミネーションだって思うでしょっ。そうだよねっ?裕介くんっ」
「んー。どうかなあ」
だめだ。裕介は早苗の味方に決まっている。美空はぐっとうつむいた。
「……帰る」
そうつぶやくと、まるで阻止するように美空の手が握られた。早苗だ。
「美空、聞いて。美空の勘違いはあえて訂正しなかったけど、私は嘘をいったつもりはないよ。だってこの先にあるものは美空にとって、きっとすべてが煌めきだと思うから。私ね」
美空の手を握る早苗の手に力がこもった。
「桜井圭吾に会いにいったの」
「え?」
美空は驚きに固まり、ぎこちなく早苗を見た。
「……うそ、でしょ?」
「本当だよ。五日前ここに会いに来たの」
「なん、で?」
「見極めたかったから。桜井圭吾の真意を。そして本当に美空を託せる相手か知りたかったの。ねえ美空、あの人は本気だよ」
瞳をゆらめかせた美空は再びうつむいた。
「でも無理だよ。私は」
「ハンディがあるって伝えた。決して小さくはないとも」
短く息を呑む美空に早苗はごめん!と勢いよく頭を下げた。
「勝手に話していいことじゃないのはわかってる。あとでいくらでも怒っていい。けどそれ以上は話してない。話すつもりもなかったんだけど、話す必要がなくなったの」
早苗は顔を上げると美空をじっと見つめた。
「あの人ね、少しも動じなかった。表情ひとつ変えずに、一言そうかって頷いただけ。どんなハンディか訊くことすらしなかった。きっとあの人は美空のことを重荷だなんて思わない。ありのままの美空を受け止めてくれる。そう思えたから今日ここに美空を連れてきたの。ねえ美空、我が儘になることを怖がらないで。こんな出会い、もう二度とないよ。美空だってわかってるでしょ。このまま帰ったら美空はきっと後悔する」
黙ったまま唇を噛んでいる美空の背中に早苗は手を添えた。そしてその顔をのぞきこむ。
「見てきなよ。そして会っておいで」
ーー桜井圭吾に。
早苗の手が優しく美空の背を押した。
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