89人が本棚に入れています
本棚に追加
/52ページ
数ヶ月ぶりに見る男は痩せたわけでも太ったわけでもなく、低い声も投げやりな口調でさえなに一つ変わらぬというのに、美空の知る男ではなかった。吐き出す言葉が違う。その響きが違う。なにより眼差しが違う。その美しき琥珀。狼の目。
「……なによ」
美空は顎を引くと、潤む瞳にグッと力を入れて上目遣いに圭吾を睨んだ。圭吾はわずかに首を傾げる。
「なにがだよ」
「なにがって、だって……」
圭吾にじっと見つめられ、美空は視線を泳がしながらうつむくと両手をこねくり回した。その頬は赤く、そんな美空に圭吾は小さく笑う。
「だってなんだよ」
低い声。その響きに美空はううと唸った。おかしい。絶対におかしい。こんなの圭吾じゃ。
「美空?」
美空はカッと頬をほてらせた。やだうそ。なんで。どんどん熱くなっていく頬を両手で押さえると、圭吾がさらに笑う。
「どうした」
「どうしたって……」
美空はとうとう我慢できず、真っ赤な顔で圭吾を再び睨みつけた。
「どうしたじゃないわよっ。なんで?なんで急にそんなんなのっ?こんな個展を開いちゃって私のことキレイとかいっちゃうし、名前呼びもさらっとしちゃうし、その言い方がなんかっ」
「言い方?変だったか?」
変じゃない。変じゃないから困るのだ。
「……なんか声が違う」
「声?違わねえだろ」
「違わないんだけど違うの!」
「なんだよそれ」
可笑しげに笑う圭吾のこちらを見る眼差しはやはり変わらない。振り向いたときからずっと同じ。美空は思わず指差してしまった。
「ほらその目っ。それが一番違うっ。なんで?なんでそんなに優しい目でこっち見るのっ?声だってずっと優しいしっ。お、おかしいでしょっ。そんなの、そんなの圭吾じゃない!」
「はあ?」
圭吾は目を丸くしたのち、おまえなぁと項垂れた。
「俺の印象どんなだよ」
「無愛想でぶっきらぼう」
反射的に答えてしまった美空ははっとしたのちうつむくと、そのあとを小さく付け足した。
「……でもすごく、優しい」
ぼそりとつぶやくと、頭の上で低くも優しい笑い声。
「なら、おかしくねえだろ」
「お、おかしいよっ。ここが東京だからっ?だからなのっ?」
「なにいってんだ。東京とか関係ねえだろ。まあでも、おまえのいいたいことはわかる。べつにおかしくなったわけじゃない。自覚しただけだ」
「自覚?」
そろりと顔を上げれば、圭吾がやはり優しく美空を見下ろしている。
「なにを……?」
「おまえに惚れてる自覚」
圭吾の告白に美空は目を見開いて固まった。
最初のコメントを投稿しよう!