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02-5
「いや〜ん、待ってたわよお〜!いらっしゃあーい。どうぞ入ってぇ〜」
美空は目を瞬かせて固まった。その後ろに続いていた早苗と裕介もしかり。三人は同じことを思った。ーー店、間違えてね?
事の始まりは30分ほど前だ。
奇跡ともいえる3ヶ月ぶりの再開。そして圭吾からの嘘みたいな告白。
展示フロアから出た美空と圭吾は、待っていた早苗と裕介に合流した。美空と圭吾の様子に上手くいったと気づいた早苗はとても喜んでくれた。そして初対面だった圭吾と裕介が挨拶を終えたとき、美空のお腹が鳴ってしまったのだ。
「あら珍しい。お腹空いたの?」
クスクスと早苗に笑われ美空は赤くなった。
「そうかも。今日はあまり食べてないから」
夜のお出かけとお泊まりが楽しみすぎて、ご飯を食べることも忘れて準備に勤しんでいたのだ。まるで子供だ。自覚はある。けど恥ずかしいのでそこは黙っておく。
「あまりって、どれぐらいだ」
圭吾に問われ、美空は首をかしげた。
「えーと、朝、ヨーグルトは食べたよ」
圭吾の片眉がぴくりと動いた。
「ヨーグルトは、ね。で、昼はどうした」
「お昼?食べなかったけど」
圭吾の眉間にしわが寄った。
「おまえな、もう夜だぞ」
「そうだね?」
それがなにか?という美空に圭吾は深いため息をつき、早苗に視線を向けた。
「こいつが極端な少食だってのは知ってたが、いつもこうなのか?」
「そうですね、多々ありますよ。周りは手を焼いてるので、なんとかしてくれません?」
にこりと早苗に笑まれ、圭吾はやれやれと息をついた。
「なんとかするのは後々考えることする。いまはとりあえず、なにが食いたいかいえ、美空」
そう問われるも、美空は困ってしまう。
「とくにないんだけど」
「なんでもいい。ああ、ファミレスに行くか。好きなんだろ」
ファミレス。圭吾の提案はとても魅力的だ。もう一度、行ってみたい願望はある。けど長年に渡る生活習慣はやはり根強く、美空は首を振った。あの三日間が特別だったのだ。
「我慢しなくてもいいんじゃない?もう一度は行っちゃってるわけだし、二度も三度も同じだよ。おばさんには黙っておけばわからないと思うけど。わたしも裕介もいわないよ?」
「うん。ありがと、さーちゃん。たしかにそうなんだけどね。でもいいの。一度だけでも大満足してるから」
それは嘘じゃない。あの日のファミレス体験はきっと一生忘れないだろう。
「そっか。美空がそれでいいならいいけど。そうなると行ける場所は、うーん、時間も時間だし、この近辺でどこかあるかなあ。あーでも予約ないと厳しい?ね、祐介、どこかない?」
振り返った早苗に祐介が首を振った。
「ごめん、居酒屋ならいくつでも案内できるんだけど」
「だよね。桜井さん、ここからあまり遠くない場所で、厳選された食材、無農薬にこだわってる店、どこか知りませんか?」
「い、いいよ、さーちゃん。私、そこまでお腹すいてないし」
「お腹を鳴らしておいて嘘つかないの。いつもいってるでしょ。添加物だなんだって食事に気をつけてる人はわりといるし、悪いことでもないって。まあ、たしかに美空の場合は極端だけど、それが美空の体に良いことなら付き合うのは苦じゃないって。祐介もそうでしょ?」
「そうだな。最初はびっくりしたけど、普段は自ら選んでそういう店には行かないから、最近は楽しみにもなってる。だから気にしなくていいよ」
「ありがと……でも」
美空は圭吾をちらりと見てから、その視線を伏せた。早苗と祐介は長年の付き合いで美空の病気を知っているから理解がある。けど圭吾は知らない。知りたいといってくれているが、再会して早々こんな感じでは呆れられてしまう。後悔されたくない。面倒な女だと思われたくない。
顔を上げられずにいると、頭に大きな手が乗った。優しく柔らかに。圭吾だ。
「その手の情報に強いやつが知り合いにいるから、少し待ってろ」
そろりと視線を上げると、スマホを片手にした圭吾が優しい目をして美空を見下ろしていた。
そうして圭吾のスマホ越しにもたらされた内容は、その手の店のディナーは大抵が予約制。すでに八時を過ぎている時点で今夜は無理。けれども、予約なしの上にラストオーダーも気にしなくていい店が一件だけあるという。
圭吾は、そこかよ。無理だろ。そこだけはない。と苦虫を噛んだように眉を寄せているので、今夜はもういいよ、どこでも。なんだったら、お水でも飲んでおくから。と美空がいうと圭吾は黙り、そして決断したようだ。
「圭吾、いいの?行っても大丈夫なの?」
「そこしか当てがないから仕方ねえ。ただあれだ。ドン引くなよ?」
という謎の言葉を告げられた。
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