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 はたしてーー。大抵の女とやれると吐き出した男の真意はどこにあったのか。本当に行為に及ぶつもりだったのか。それとも脅しか。それともーー。  男のわずかに歪んだ唇は、どこか自嘲めいていた。 「これ食え」  目の前のカレーに美空はわずかに目を見張ったのち、慌てて首を横に振った。  あのあと、どことなく気まずい空気のまま圭吾が転がっていたヤカンに水を入れ、壊れていなかったらしいストーブで沸かしたお湯に投入されたのは、CMで見たことがある真空パックのご飯とレトルトカレー。  スチールパイプの折り畳み椅子に座ってぼんやりそれを眺めていたら、まさかのまさかで、それを美空に差し出してきた。けどそれは圭吾のリュックの中から出てきたもので、おそらく持っているのは、それ一セットのみ。貴重な食料であることは訊くまでもない。 「いいよ。それ圭吾のでしょ。圭吾が食べて」 「俺はいい」 「そんなわけにはいかないよ。それに私、べつにお腹はすいてないから」  すると圭吾はため息をつき、無理やり手元にカレーを押し付けてきた。真空パックされていた器にそのままカレーをかけているため、いまにも溢れそうなそれを美空は慌てて両手で持った。そこにプラスチックのスプーンがぐさりと刺さった。 「さっきから腹、きゅーきゅーいわせといて説得力ねえんだよ」 「え。あの、もしかして、聞こえてた……?」 「もしかしなくても聞こえたな。そしてそれは一度だけじゃない」  簡潔な返答に美空は顔を赤くした。 「まあ確かにお腹は鳴ったけど、少しだけお腹はすいてるけど。でも少しだから、こんなには食べられないと思う。中途半端に口をつけるのはよくないでしょ?」  だから圭吾がという言葉はさえぎられた。 「なら食えるだけ食え。残ったら俺が貰う。わかったら、冷める前に食え」  自身のために用意していた一つだけの食料を当たり前に差し出すこの男は、もしかしたらとんでもなく優しい男で、とんでもないお人好しなのかもしれない。 「……いただきます」  淡い炎をちらつかせているストーブを横目にしながら、美空は小さく食事の挨拶をしてカレーを口に運んだ。そして少し驚く。 「美味しい。レトルトってこんな味なんだ。初めて食べた」  ストーブを挟んだ向こう側、新たに沸かしたお湯でコーヒーを入れていた圭吾が顔を上げた。 「初めて?」 「そう、初めて。パックされたご飯も初めて食べた。美味しいんだね」  感心していると、圭吾がなにやら思案気に片目を細めた。 「おまえ、まさかお嬢様ってやつじゃないだろうな」 「え?私?違うけど」 「ほんとかよ」 「ほんとほんと」  うなずきながらカレーを食べる。すごい。本当に美味しい。びっくりだ。けどもう限界だ。 「ごちそうさま」  そういってカレーを返すと、圭吾が眉をひそめた。 「ごちそうさまっておまえ、半分も減ってないだろが。遠慮しないで食っとけって」  美空は首を横に振った。 「遠慮じゃないの。むしろ全部食べたいぐらい美味しい。でも本気でお腹いっぱいなの。元々たくさん食べれるほうじゃないから」 「マジでいってんのかそれ」 「マジでいってる」  圭吾の視線が鋭く飛んできたが、嘘でもなんでもないので真っ直ぐ見返す。すると圭吾がため息をついた。 「わかった。そういうことにしておく」 「嘘じゃないのに」  唇をとがらせている美空からカレーを受け取った圭吾は、その手にコーヒーの入ったカップを握らせた。 「あいにくのブラックだ。いやなら無理しなくていい」 「ううん。大丈夫」  ブラックは苦手だが、いやではない。圭吾が入れたコーヒーを飲んでみたい。美空はカップを両手で持ったまま椅子に戻ると、ゆっくりとコーヒーを口に含んだ。苦味が口の中に広がったが、思ったとおりいやではなかった。 「あったかい」  その優しい温かさに美空は知らず微笑んでいた。そんな美空をストーブの向こうから圭吾が見つめていた。
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