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01-2
あんなにも深い眠りは初めてだった。夢も見ず、苦痛もなく、寂しくもない、そんな夜は生まれて初めてだった。その理由を知るのは、ずっとあとになってから。
目を開けたとき、美空は一人だった。寝袋から出ようとしたところで、ウィンドブレーカーが上にかかっていることに気がついた。
美空は小さく笑った。
寝袋を丁寧にたたみ、ブーツを履く。窓の向こうはまだ薄暗い。ウィンドブレーカーを羽織りドアを開ければ、外は霧に包まれていた。冷えた空気に一瞬震える。けど気にはならなかった。
狭い視界の中、草を踏み締め、枝をぱきりと鳴らし、美空は白い息を吐き出した。あてのない歩みはなんと自由なのだろう。
この地で迎える五日目の朝。宿泊している旅館以外で目覚めるとは思いもしなかったが、後悔はない。けどそれは、あの男のおかげなのだ。昨日会ったばかりの男。態度も口も、おまけに目つきも悪い。けど優しくてお人好し。
美空は足を止めた。その男がいた。ーー圭吾。大きな岩に座り、手にはカメラ。その横顔は遠くを見つめている。
美空はゆっくりと近づいた。気づいているはずなのに振り向きもしない男。すぐに距離は縮まった。そっと隣に立ち視線を同調させる。圭吾はなにもいわない。だから美空も黙ったまま。
風がさわりと吹き、霧をゆらした。またひとつ、そしてひとつ、ゆれては溶けて消えていく。ゆるりと静かに光をまといはじめ、世界があらわになっていく。夜明けだーー。
「なにが見える」
わずかにかすれた低い問いかけは、どこかつぶやきのようでもあった。美空はゆっくりと口を開いた。視線を目の前に向けたまま。
「……終わりと、始まり」
昨日みたのは永遠の一瞬。燃えるように朽ちた世界は終わりを迎え、そして闇に閉ざされた。けれどもこの世界は、ふたたびその命の鼓動を刻みはじめている。
再生か誕生か。それはどちらでもあり、そして、どちらでもないのかもしれない。
圭吾がカメラを構えた。
毎日変わることのない世界。けど、なにひとつ同じ一瞬など存在しない。その意味を真に理解している人間は、この世にどれだけいるのだろうか。この男以外に。
山の夜明けはどこまでも清く、透明に満ちていた。瞬きをひとつ。それに重なるようにシャッターの音が響いた。
視界の先は無限。どこまでも。吊り橋から見た景色以上の壮大さがそこにあった。ここへ来てよかった。来れてよかった。
「……とてもキレイ」
感謝の意をこめてささやいた。そうか、と男もささやいた。またひとつシャッターが切られた。
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