怪談サークル「ちゅうりっぷの会」第一回公演 「宵の口」

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 飲み干されたグラスの中で、氷が鳴る。喧噪の中、なぜかその音がやけにはっきり耳に届く。白い喉がこっくりと蠕動する。流し目がこちらをとらえる。酒で潤った唇がつりあがる。白蝋じみた顔色だが、そこだけは妙に赤い。つりあがった唇を起点に笑みが広がる。水面にたらしたインクが、波紋を広げるかのように。  僕は息を呑んだ。アルコールで火照っていたはずなのに、いまでは腑臓の底がしいんと冷たい。鼻にかかる先輩の酒臭い息も、肩に回された腕の暑苦しさも忘れ、震えそうになる体を抑えるべくビールをあおる。  空になったジョッキに、誰かがお代わりをそそいだ。その手は真横から伸びていた。ほどよく肉付いているものの、青白くて血の通いを感じさせない。ほのかに甘い香水の匂い。名前はわからないが、女の子がよく使っている銘柄だ。  あれ……? 隣に座っているのは、男の先輩のはずだ。  いつのまにか――肩に伝わっていた暑苦しい感触が、無い。  手の主をたどると、そこには蝋のような少女の顔。瞠目する僕の胸前に、充分に満たしたジョッキを置き、今度は自分のグラスを差し出す。ついでくれ、ということだろうか。  とっさに言葉が出てこなかった。申し訳程度に会釈し、酒をつぎ返す。お酌しながら、斜向かいの席を盗み見る。  するとどうだろう。個室の隅、いままで彼女の席だったはずのそこには、くだんの先輩が当たり前のように陣取って、隣の新入生に絡んでいた。席だけではない。使っている食器まで、そっくり入れ替わっている。  いったい、いつの間に? 僕が気づかなかっただけか? そこまで酔っていない。むしろ、しらふに立ち返っているはずなのだけれど……。
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