怪談サークル「ちゅうりっぷの会」第一回公演 「宵の口」

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 ジョッキをつかむ。取っ手がじっとり濡れていた。そこに小柄なグラスがぶつかり、表面を波立たせる。 「これじゃ、新入生歓迎というより、先輩たちの歓待会ね」  彼女――神室花(かむろはな)はそう言って、今度は年ごろの少女らしく微笑んだ。  ――きみヨナシロくんでしょ。珍しい苗字だから覚えちゃった。どういう字を書くかは知らないけど。……へえ、與那城。かっこいいね。  神室は決して明るいタイプではなかった。しゃべり方はゆっくりと落ち着いていて、声を張ったり、矢継ぎ早にまくしたてて会話の主導権を握ったりはしない。どちらかといえば聞き役であり、僕はすっかり及び腰になりながらも適当に話を広げた。彼女はひっそりと狭まった目で僕の仔細を観察し、時折ぬるりと滑り込むようにして口をはさんだ。  ――でもきみ頼りなさそうな感じだから、やっぱ與那城よりもヨナシロって感じ。漢字だと勇ましすぎて、ちょっとね。九州辺りの苗字じゃない? 実家どこ。  最初に見た時の奇妙な印象もしだいに薄れていった。話しているうちに舌が滑らかになるのが自分でもわかり、気づけば冗談なんかも口にする始末。たいして面白くもない戯言に、神室は莞爾として笑う。おどけた僕をたしなめるべく、「こら」と言って笑いながら脇を小突き、かと思えばふっと伏し目がちになる。毛筆で静かに払ったような、形のいいまつ毛。視線を引き付けられる。彼女の影が壁に色濃く映る。泥のような酩酊感に見舞われる。時間が溶けるように過ぎていく――  それから神室とどのような会話を交わしたのか、夜通し続くと思われた会がどのように散会したのか、正直記憶があいまいだ。
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