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誰もいないスペースに移動すると、俺は壁に寄りかかって千夏を見た。
「ごめん……本当にごめんね」
千夏が突然謝りだし、俺は「いいよ」と言うと千夏の瞳からポロポロと涙が零れ始めた。俺はそれを見て、思わず背筋が伸びる。壁から背中を離し、あたふたとしながら千夏に駆け寄った。
「何で、泣いて……。ごめん、俺。そうだよな、千夏にとったら忘れたい過去だよな」
「違う、違うの。これは悲しくて泣いてるんじゃなくて……」
俺はきょとんとすると、千夏が涙を拭って顔を上げた。朗らかに笑う千夏の姿が俺の目に飛び込んでくる。
「嬉しくて……。冬弥くんにそう言ってもらえたことが」
「千夏……」
俺はポケットに手を突っ込むと、ハンカチを取り出して千夏に渡した。千夏はそれを受け取ると、涙を拭う。沈黙の時間が、また流れ始めた。
「千夏」
「……何?」
「また、あの時みたいに連絡してもいい?」
千夏はポカンとした顔をすると、それから眩しい笑顔で頷いた。
「私も、してもいい?」
「うん」
「連絡先、変わってない?」
「変わってないよ。千夏は?」
「私も変わってない」
「そっか」
会話が終了する。でもこの時の空気感はさっきの気まずさなんて微塵も無くて、じれったさからくすぐったい気持ちになった。
「あ、ハンカチ。今度洗って返すね」
「いいよ、別に」
「ダメだよ、こういうのはちゃんとしないと」
俺は変わらないその姿に、小さな笑い声を漏らすと千夏が「何で笑ってるの?」と言った。
「分かった、じゃあ今度ご飯行こうよ。そしたら、そこでハンカチ返して」
「……うん!」
俺たちはまた目が合うと、くすぐったい気持ちになりながら視線を反らした。
人生は放物線のように綺麗には描けない。必ずどこかで予想外のことが起き、理想とは反れて進むことになる。
だから、これからどうなるかなんて誰にも予想できない。俺にも、千夏にも。
願わくは、また。
君と、また。
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