21人が本棚に入れています
本棚に追加
海音が口を尖らせて言うと、ホテルの従業員に挨拶をして軽く段取りを説明し始めた。俺のことなんて最初からいないように扱われ、マイペースな奴だなと思う。それにしても誰もいない。海音から言われた時間通りに来たというのに、一体なぜだろう。
「まさか……」
話し終えた瞬間を見計らって、俺は海音に近寄ると「騙したな?」と言った。それを聞いて、海音の目が泳ぎ出した。
「何のこと?」
「お前が幹事って聞いてから、なんか可笑しいなって思ったんだよ。だって普通幹事は、会場に随分前に来て最終調節とかするだろ? それなのにお前から言われた時刻丁度に会場に着いたから、ずっとモヤモヤしてたんだ。お前、俺に他に伝えてる集合時間より早めの時間を教えただろ。案内状が届かずに口答での説明だったのも、納得が行く」
息継ぎをせずに一気に言うと、俺は息を吸って興奮を抑えた。海音は「あはは~」と作り笑いを浮かべて、それから両手をパンッと合わせる。
「ごめん、冬弥! 幹事を手伝ってほしいんだ」
「絶対に嫌だ」
「やっぱそうだと思った……。なぁ、知ってるか? 幹事って大変なんだぜ」
「知ってる」
「だから猫の手も借りたいぐらいなんだよ。頼む、冬弥! 手伝ってくれ!」
「何で俺なんだよ……お前だったら、他に頼める奴なんていっぱいいるだろー」
「だって……冬弥、手先器用だし。こういうこと得意じゃん?」
「それとこれは関係無いだろ」
「あるんだって! ま、時間よりも早くに来ちゃった訳だし? 冬弥くん、おねが~い」
出た、海音の必殺技・子犬の瞳。目をウルウルさせ、子犬のような瞳を見せることで、相手の気を許すという何ともゲスい技だ。
「……分かったよ」
「冬弥、愛してる」
「やめろ、愛されたくない」
俺は身震いすると、「何だよ酷いなー」と言って海音が部屋の中に入る。俺は今日で何度目かの溜息を吐くと、海音の後を追って部屋の中に入った。
高校の時の元カノ・佐藤千夏のことなんて、すっかり忘れていた。
最初のコメントを投稿しよう!