平凡な人間

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 悪い仕事ではなかった。たまに訪れる冒険者は大量生産品よりも手作りの武器を好んでくれたし、ジルコフの武器は生真面目で、どんな持ち主の手にもしっくり馴染むと評判だった。父の時代ほど、大きく儲かっているわけではない。それでも、ジルコフの武器を求めてやってくるわずかな冒険者のために、彼はこの仕事を続けていきたいと思っていた。 「若いのに立派なのね」  以前、細身の片手剣を買っていった傭兵の女が言った。彼女は色素の薄い肌と赤い右目をもつ、妖魔族という希少な長命種だった。人と魔の狭間の種族で、人族に友好的ではあるが、圧倒的な身体能力や魔力がある。ジルコフよりはるかに長い時と多くの戦いを生きてきたのは一目瞭然であった。桃色のロングヘアが美しい人だった。  茶色い髪と瞳、短い命で魔法もうまく扱えないちっぽけな人間のジルコフは、ただ肩をすくめた。 「俺にはこれくらいしか楽しみがないんですよ、お姉さん」 「あら」 「事情も経歴も名前もわからない人が、俺の店を訪れて、武器を買っていく。そして戦いに行く。俺の手を離れた武器が、誰かの相棒になる。俺はただここに座って武器を売って、店をやってない日は鉄を打って、この街から出ずに一生を終えます。でも、武器は世界中どこにでも行ける。あなたたちが色んな表情を見せながら俺の武器を買ってくれるなら、それでいいんですよ」  女はくすりと笑って、銀色に輝く剣を受け取った。 「素敵ね」 「命を懸けて魔物と戦う人の方が、よっぽど立派だと思いますけどね」 「……さあ、どうかしらね」  女はそれから一度も店に来ていない。ジルコフが客にわざわざ自分の想いを吐露したのは珍しいことだったが、間違いなくその言葉が真意であり、「なんとなく継いだ仕事」を続ける理由であった。  ジルコフは店内の椅子に腰かけて、閑散とした通りを眺めていた。今日は客が来るだろうか、と考えながら大きく伸びをする。  大量生産の大型店ができてから、歴史ある王都の武器屋防具屋がパタパタと店を閉めていくのを目の当たりにしてきた。まだ何人か客が訪れてくれるだけでも、バーベリ武器店は幸運な方ではないかとジルコフは思う。父親譲りの丁寧な仕事が功を奏した。
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