1.代役

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1.代役

 タクシーの後部座席に座り、山道を移動しているスーツ姿の中年男性と若い男。 「なんで俺達なんだよ」  中年が不満を口にする。 「みんなメインシステムに掛かりっきりなので、仕方ないですよ」  若者が、中年を宥めるように返す。  「今日は、さっさと終わらせて帰ろうぜ。近くに評判の蕎麦屋を見つけたんだ。旨い日本酒も出すらしい」  運転手が店の名を言い、中年が「そこです」と返事をすると、車内は蕎麦屋の話題でひとしきり盛り上がった。  二人が向かっているのは政府が運営する施設だ。そこには国民に向けて緊急警報を流す為のシステムが設置されている。ただし、その施設が緊急警報の伝達役を果たしている訳ではない。  都心のビル内にあるメインシステムが、緊急時には全国の自治体や交通機関、各種放送局や携帯通信会社に警報を流すべく稼働している。メインシステムにトラブルが発生した場合も、隣接したビルに設置されたサブシステムへと切り替えられ、稼働が維持される設計だ。この地にあるのは、サブシステムを更にバックアップする目的で設計されたもの。都心に大災害が発生し、メインもサブも使えなくなった際にだけ稼働する、いわば保険のようなものだ。  システムは、大幅に改修が加えられたバージョンへと明日の朝までには切り替えられる予定だ。その切り替えに備えて、今日は最終テストが実施される。新バージョンは、これまでに入念なテストが重ねられており万全の状態だ。今日のテストは、念には念を入れて行われる儀式的なものだった。 「なんでこんな山奥に施設なんて建てたんですかね?」  若者が、中年に質問する。 「都心から離れてるし、地盤が安定してるこのエリアは地震にも強いから、システムのバックアップを設置するには最適なんだよ。まぁ、こっちのシステムが使われる時には都心が壊滅的な被害を受けてるってことだから、使われる日なんて来ない方が良いんだがな」 「そのシステムが、あの緊急警報を流してるんですよね」 「そうらしいな」 「うちの会社って、そんな凄いシステムを開発してたんですね」 「うちみたいな弱小企業が、そんなデカイ開発を受注できるわけ無いだろうが。俺達がテストするシステムと一緒で、サブのサブ、うちは下請けのそのまた下請けだよ。メンテナンス業務をおこぼれで貰ってるようなもんだ」 「なんだ。重要な仕事だと思って緊張してました」 「言っとくけど、うちの会社の中では一番デカイ契約だぞ。この仕事が無くなったら、うちなんて簡単に潰れるからな」 「えっ。そんな大事な仕事、僕等みたいなシステムを理解していない作業者が対応しても大丈夫なんですかね」  本来の担当者が急病で出社出来なくなった為、手の空いていた2人が急遽選ばれ、現地に向かっているのだ。 「テスト要員を確保できませんでした、なんて言えるわけないだろ?今後の契約に影響しちまうじゃねぇか」 「ですよね」 「まぁ、俺が付いてるから、お前は黙って俺の仕事ぶりを見てりゃ良いんだよ」
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