読書の秋~イベント前夜~

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 静電気が纏わりつくような、もしくは水の中で感じる水流のようなエネルギーの高まりがダークネス・ホライズンを満たしていた。もう少しで夜が明ける時間。本来2人で行く巡回だがシェリーひとりだけ。ちょっと細工してうたた寝から覚めづらくしておいた。  シェリーは真珠色に光る階段をゆっくりと巡る。7階の建物を貫かんとする螺旋階段。ここに普通の書架は殆どなく、書見台の上にあるもの、書架にあっても鎖で繋がれているものが大多数、そしてキューブと呼ばれる魔磁波に囚われるように護られた本があちらこちらに浮いている。このキューブも利用者が求めれば外れるようになる。  「すべての本をその読者に……君達が待つ読み手が現れると良いね……」  シェリーもまた本に選ばれた一人。もしくは魅入られた一人。研究不十分の本が集まる7階のフロアに足を踏み入れた時、ふわりと閉め切られた室内の空気が動く。差し出した両手に月光色の本が落ちた。ひとりでにページが開き淡く点滅する。この本は直接脳内に言葉を、映像を届けてくる。互いに会話し合う心地がして心が満たされる。どこか浮かされた目でシェリーは本を抱きしめた。愛しいものを抱くように。  「これは単なる鏡の書じゃない。手にしたものの本心を読み取り、確定した意志を増幅する本。私は願う。この世界が本にとって最上のものとなりますように」  シェリーの体がふらついた。大量の魔力が本に抜き取られていく。けれど、その表情には笑みが浮かんでいる。突如月光が爆発した。光に照らされた本がざわめく。自分達を増幅する力に。たった一人を求めていない本などいない。  異変を知らせる警戒音が鳴り響く中、シェリーは本を抱きしめたまま倒れ伏した。にわかに騒がしくなるのを遠くに聞きながら深く深く眠っていく。彼らの感覚は麻痺している。危険とされる書物に慣れ過ぎて。外の人間もダークネス・ホライズンで何か騒ぎが起こるのはある意味いつものことになっている。だから、心配ない。せいぜいこの鏡の書だけが隔離され、警備を一段階上げるだけで読書の秋は開催される。7年目の成就。ずっと、ずっと巧妙に準備してきたのだ。シェリーが隠していた鏡の書の増幅の力。それが広範囲に渡る事実。それによって引き起こされる現象。女王セキラが気が付くのは取り返しのつかない状態になってからだ。  ああ、誰がどの本に選ばれるのだろう? 願いが叶うなら目覚めなくてもいいと思っていたけど……少し、気になるわ……。一緒に巡回に行くはずだったデインはきっと責任を感じるでしょうね。私が仕組んだことなんだけど。でも……いつも無表情なあなたが動揺する顔はちょっと愉快かもしれない。私はやっぱり性格悪いわね……。
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