497人が本棚に入れています
本棚に追加
「……はあ」髪を毟るようにグシャグシャと手で乱す。そのままグタリと絨毯の上に倒れ込むと、一気に酒が体内に回った気がした。今日の出来事を全部、起きたら忘れていないだろうか。ビール数本飲んだだけでは、全てを忘れることはきっと難しい。
額の上に手を置いてもう一度息を吐き出すと、ピンポーン、とインターホンの音色と重なった。寝転がったままチラリ、と玄関に目を向けるも当然誰の訪問か分からない。起き上がることさえ億劫に感じていれば、もう一度同じ音が部屋に鳴り響いた。
「……誰だよ」
白石だったらうざすぎて即ビンタする。むくりと体を起こし、頭を掻きながら扉の前まで行くと「谷開君」と鍵を外すよりも先に小さな声が聞こえた。
「帰ってる?いるなら返事して?」
「……」
「谷開君、ねえ」
「……」
まるで俺を心配しているような声色は奈都のものだ。伸ばしていた手を引っ込め、俺は扉を開けることなく冷たい壁に背中を預ける。「何」と呟いた瞬間、なぜか喉の奥がギュっと締め付けられた。
「え?や、谷開君いるの?大丈夫?」
「何の用だよ」
「何って、だって谷開君今日来なかったから、何かあったのかと思って心配だったんだよ」
ドア1枚を隔てていても、奈都の声はよく聞こえる。だからこそ、俺は言われた言葉がおかしくて失笑を漏らしてしまう。
何かあったって、心配だったって、よくそんな筋違いなこと言えるな。
最初のコメントを投稿しよう!