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午後の講義からは白石は「好きな人できた?」などというおかしな質問が来ることはなかった。3年から始まるゼミの説明があり、白石は「どのゼミがいいかなあ……」と悩んでいる。
正式な決定はまだまだ先だ。だけど、学生の中には今から自分が興味のある先生の元へ積極的に出向く人もいる。俺は先生の名前とそれぞれの研究分野が書かれた紙を見つめても、あまりピンとこなかった。
講義終わり。荷物を鞄の中に片付けていると、ふわりと甘い香水が流れてきた。顔を上げなくても、誰が近くにいるのか分かるからこそ俺は目を伏せたまま。
「谷開君と白石君は何ゼミがいいか決めてる?」
藤田だ。俺は零しそうになった溜め息を飲み込んで、椅子にかけていたアウターを羽織る。
「いやー。まだ全然。先輩に楽そうなゼミ聞いて決めたいって感じ」
「あ、あたしサークルに同じ学科の仲良い先輩いるから紹介してあげようか?」
「え。マジ?」
「何なら今からサークルに顔出しに行こうかなって思ってるし、よかったら一緒にどう?」
立ち上がった俺に藤田の視線が突き刺さる。‘一緒に’の中に白石だけではなく、自分も含まれている。無言で藤田を一瞥すれば、大きな瞳とかち合った。
「俺今からバイトだから」
どうして藤田は平然と俺に話しかけられるんだろう。キツい言葉をぶつけて、俺は藤田をフったはずだ。
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