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「そっか」と藤田は残念そうに呟いて、なぜか両手を俺が着ているコートに伸ばす。不意打ちの出来事に固まってしまえば「襟折れちゃってるよ」と藤田は微笑んだ。
この前とは違うカラコン。まだナチュラルな色。それでも藤田への苦手な意識が消えやしない。
「じゃあ」
2人に背を向けて、俺は教室から足を踏み出した。
大学1年生の頃から勤務しているバイト先は、アパートから自転車で10分で着く見た目が小汚い居酒屋。
元々空き家だった建物を店長が買い取り、昔からの夢だったという自分のお店を持ったそうだ。
18時からのシフト。平日のこの時間帯は仕事帰りの人やアホみたいに騒ぐ学生が多い。
空いたテーブルのグラスや皿を片付けて、テーブルを拭く俺の後ろの席にも手を叩いて派手に笑っている若者の集団がいる。右側にはスーツのジャケットを脱ぎ、ビールを片手に上司の愚痴を零す男子2人組。
同じようなお客で賑わう狭い店内に5時間ノンストップで働けば、終わる頃には見も心も疲弊する。毎回何かが削り取られる。自転車を漕ぐ脚がひどく怠い。僅かな段差に車輪をもっていかれて転びそうになったこともある。
「……だっる」
11月の夜は手足を痺れさせるような寒さを発揮することもある。信号待ち、悴む手の先を擦り合わせながら白い息を吐く。
23時過ぎ。奈都は今何をしてるだろうか。
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