第四章「First Flavor」

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 物の値段とは基本的に『原価+利益』から定められるものであり、利益を盛り過ぎるとボッタクリ呼ばわりされるというのは、世の常だ。価格設定とは慎重に行うべきものであり、適切な値段を見極めるというのは、商売をやっていく上では何よりも大切なことである。 「な、なんで……なんでこんな赤ん坊の拳くらいのサイズしかない大福が1個300円もするんだ……」  なので。いくら金持ちボンボンの俺といえども、眼前に提供されたミニマムスイーツの価格には到底納得がいかなかった。 「どしたん、大河っち。ハマってた連載漫画が急に打ち切りになった時の読者みたいな顔して。なんか驚くことでもあった?」  キャピキャピフワフワ・女子だらけのスイーツ店内にて。正面に腰掛けている舞華が、こちらを見つめて首を傾げる。 「……いや、このイチゴ大福めっちゃ高くね?」 「うーん、そうかな? この辺の店って、大体これくらいの値段がアベレージだと思うよ?」 「え、なにそのハイアベレージ。イチローかよ」  ちなみにプロ野球のシーズン最高打率は1986年に阪神のバースが記録した3割8分9厘である。イチローはそれに次ぐ2位で3割8分7厘だ。って、今はそんなことはどうでもいい。 「でも、なんか意外。大河っちって結構庶民的な金銭感覚なんだね」 「ガキの時の小遣いが一般家庭と大差無かったからな。1円を笑う者は1円に泣くと思ってるぞ」 「わーお、むしろ一般人よりケチかも?」 「湯水のごとく浪費するよりはマシだろうよ」  なんて、ケチボンボンぶりを発揮していると、舞華がテーブル端にある小物入れ(?)の中から一本、糸のようなものを取り出した。 「? 舞華? なんだ、それ?」  大福×糸という組み合わせに合点がいかず、疑問を投げかける。 「あー、この糸? これはねー、こう使うんだよ」  そう言うと、舞華は手先を器用に使って皿上の大福にくるりと糸を巻き付け、 「それっ」  糸を引っ張り、イチゴも諸共に大福を真っ二つにした。 「いやー、コレは()えるね。間違いなく映える。食べる前に写真撮っちゃお」 「……え? その糸って大福切るためだけにあんの?」 「ん? そうだけど? ほら、大河っちもやってみなよ」  もう一本糸を取り出し、それをこちらに見せつける舞華。 「……すまん、舞華。1つ聞いていいか?」 「うむ、なんでもバッチコイ」 「じゃあ、遠慮なく」  一言告げて、深呼吸。  そして、 「──なあ、大福って切る意味あるのか?」  申し訳ないと思いつつも、俺は彼女の行為を全否定しかねない問いかけをした。 「え? そりゃあ意味はあるよ。切るの楽しいし、イチゴ大福の断面を写真に収めると、なんかそこはかとなく映える」 「……味に変化は?」 「あるわけないね」 「え? だったら、かぶりついた方が早くね?」 「もぉー、大河っちは分かってないなぁ。かぶりついたら映え写真が取れないじゃん。それは無粋ってやつだよ。ブスイワサキだよ」 「誰がブスだコノヤロウ」  俺と彼女の議論は、それはもう綺麗にカットされた大福の表面のように平行線を辿っていた。俺は大福を食い物だと思っていたのだが、舞華にとっては被写体としての価値の方が高いらしい。理解に苦しむ。 「いいかい、大河っち? なんでもかんでも意味のあるなしで決めてたら、人生つまんないよ? 世の中に自分が生きてる意味を答えられる人なんて、ほとんどいないじゃん。人間なんて、なんとなく意味もなく生きてるんだよ。だったらさ? 無意味に生きてるんだったら、無意味に思えることをやってもいいって思わない? 無駄なことなんて無いって思えてこない?」 「え、なに。なんで急に哲学してんの」 「いや、たまには知的リケジョ感も出しとこうかなって思って」 「哲学って割と文系ド真ん中だけどな」 「あーん、もう! ゴタゴタと御託を並べなくてもいいの! さあ、切れ! スパッと切って写真を撮れ! ブスイワサキを卒業してロックになっちまえ! “岩”崎だけに!!」  ちょっと何言ってるか分かんないですね。  ……まあ、でも。 「そうだな。とりあえず一回やってみるか。誰だって、自分が好きなものを否定されるのは嫌だよな。それに今日は舞華とのデートだからな。お前が好きなものを好きになれるように、俺もできるだけ努力してみるよ」  意味の有無は置いといて、とりあえず一回大福カッティングはやっておくことにしよう。頭ごなしに否定するのはよくない。 「つーわけで舞華、糸くれ……って、え? なんで顔赤くなってんの?」  糸を持ったまま、なぜかイチゴのごとく頬を染めている舞華。 「こ、これは……リンゴ病だよ!!」  そんなバカな。 「イチゴ大福切ったらリンゴ病になるのか。新しいトリビアだな」 「うるさい! 急に直球で色々言ってくる大河っちが悪いんだよ! ていうか、大福切るだけなのにいちいちキメ顔でこっち見なくてもいいの!! やるならさっさとやってよねっ!!」  口を尖らせ、プンスカと怒りながら「ふんっ!」と乱雑に糸を投げ渡す舞華。なんというか、出会ったばかりの頃はもう少し俺に媚びるような感じだった気がするのだが、今やその姿は見る影もない。もしやこれが彼女の素なのだろうか。個人的には、こっちの舞華の方が接しやすくて好きだ。  ……おっと、危ない。完全に魔女候補に絆されかけていた。 「じゃあ、レッツカッティング」  邪念を振り払い、糸を大福に巻き付ける。舞華には申し訳ないが、やはり楽しさは見出せない。  よし、あとは糸を引いてスライスだ。まあ、俺と舞華では性別も価値観も違うから、趣味を理解できないことくらいあるだろう。切り終わったらリップサービスで「たまにはこういうのも良いな」とでも言っておくとしよう。大切なのは楽しい雰囲気を壊さないことだからな。建前も大事、大事。  なんて考えながら、俺は大福カットを実行。 「…………」 「ん? どしたん、大河っち? 連載再開を諦めてた漫画がまた始まった時の読者みたいな顔して」  そして、謎に漫画で例えツッコミをしてくる目の前の美少女に向けて。俺は最後に責任をもって一言、正直な感想を告げることにした。 「──これ、もう1個頼んでいいか?」  切った時の感触が思ったより気持ち良くて楽しかった。
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