第三章「砂浜アゲイン」

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 現在、俺とリサの言い合いを間近で目撃した白木さんは、なんとも言えない微妙な表情を浮かべて俺の隣に座っている。 「いやー、なんというか、そのー……お2人は随分と拗れてる気配がしますなぁ」 「あ、あはは。今までこんなことなんてなかったんだけどね……」  リサとここまで険悪になったことが無いというのもあるが、思い返してみれば俺はこういう異性との感情のスレ違い、あるいは衝突のようなものを経験したことすら無かった気がする。そもそも女の子と仲良くなった経験すら皆無に等しいため、当たり前っちゃあ、当たり前ではあるのだが。 「男友達みたいに"謝ってハイ終わり"ってわけにもいかないみたいだね……」 「うーん、私も含めて女の子ってめんどくさい生き物だからねぇ。まあ、リサはその中でもとびきりめんどくさい部類ではあるけれど。私も前リサと喧嘩した時は仲直りするのに苦労したなぁ」  そう言うと、白木さんは過去を懐かしむように柔和な笑みを浮かべつつ、リサについて語り始めた。 「あの子ってさ、ああ見えて意外と繊細なんだよね。何気ない一言で傷ついたりするし、ちょっとしたことで落ち込んだりもする。それでいてそれを周りに見せないように振る舞うもんだから、なおめんどくさい。素直じゃないし、ついつい思ってもないことを口走ったりしちゃうしさ。だから、まあ、私もあの子と喧嘩した時は長期戦になりがちかな?」 「繊細で傷つきやすい、か。なんつーか、俺のイメージとは全然違うな……」 「ふふ、そりゃあ当たり前だよ。リサだって、私と話す時と岩崎くんと話す時で態度とか振る舞いとか変えてるだろうし。私から見たリサと岩崎くんから見たリサっていうのは、大なり小なり違いが出てくるものなんじゃないかな」  まあ、それもそうか。 「リサに限らず、さ。私は人って仮面を使い分けながら生きてると思うんだよね。きっと自分の全部を他人に見せるっていうのはどうしても不可能で、だから関わる相手によって仮面を使い分けるの。『この人にはここまでなら見せていいかな』とか『この人には絶対に見せたくない部分があるな』とか、そんなことを考えながら自分を隠して、見せたい部分だけを相手に見せる……って、あれ、私いきなり何言ってんだろ。えへへ、なんか哲学チックになっちゃった」 「はは、まあ白木さんが言いたいことはなんとなく分かるよ」  彼女が言ったことは確かに哲学的だったかもしれない。しかし、その本質は特に難しいことを言っているわけではないように思えた。  要するに『見る角度が違えば、それだけ人の見え方って変わるよね』とか、『みんなに同じ態度で接するのって無理だよね』とか、そういう話なのだ。  【リサは自信満々で堂々としている】という、俺が抱くイメージ。  そして【リサは繊細で傷つきやすい】という、白木さんが抱くイメージ。  その2つのイメージは正反対で。けれど、どちらも東条リサという人間の一部である、みたいな。きっと、そんな話。  つまり、結論。 「結局どうすれば良いのか全然分からん」  頭が良さげな話をしたところで何かが変わるわけでもなく、何かが分かるわけでもなかった。 「あはは、まあ喧嘩するほどなんとやらって言うし、良いんじゃないの? 男の子と喧嘩するリサを見るのって何気に初めてだし、私的には非常に面白いので良き」 「いや、俺的には全然良きじゃないんですが」 「うーん、でも時間が解決してくれるような気もするよ? 今のリサって『無理やりバイトに連れてきたのが今更申し訳なくなってきたなぁ。でも素直に謝るのは恥ずかしいなぁ』的な状態だと思うし。多分何言って良いのかわかんなくて、ワケわかんなくなってるだけだと思う」 「アイツってそんな可愛いこと考えるようなヤツだっけ?」 「うん。多分リサって岩崎くんが思ってるよりずっと可愛いよ? ていうか、岩崎くんってリサのこと好きになったりしないの?」 「あ、諸事情によりアイツと色恋沙汰になることは100%無いのでご心配なく。もし好きになったら俺の人生が終わるんで」 「ねぇねぇ、さっきから思ってたけど岩崎くんとリサってどんな関係なの? いや、別に無理に聞き出すつもりはないけども」 「まあ……色々あるんだよ」  罰金1000万、4人の魔女からの誘惑および色仕掛け、エトセトラエトセトラ。ホント色々あり過ぎるよね。モテ男って辛いよね。  まあ、モテてるのは俺自身じゃなくて諭吉(カネ)の方なんだけどね。はは、諭吉(ゆき)っちゃんってマジでモテるよね。ホント色男だよね。写真は白黒だけどね。 「ふむふむ、よく分かんないけど岩崎くんも色々大変なんだね」  いや、ほんとにな。 「よーし! じゃあそんな岩崎くんのために私が一肌脱いであげちゃおうかな!」 「え、急にどうしたの?」 「いや、リサの機嫌を直す手伝いをしてあげようかと思って。真面目にバイト頑張ってくれたお礼もしたいし」 「え、マジ?」 「うん、マジ」 「え、泣いていい?」 「うん、なんで?」  いや、なんなの、この子。めちゃめちゃ良い子じゃん。別に1000万もらえるわけでもないのに初対面でここまで親身になってくれるとかマジで天使じゃないの?   なんだろう、もう普通に白木さんルート突入でもよくないか? ミッチーと普通にラブコメ展開でよくね? ポニテで性格明るいヒロインとか割と王道だし、普通にアリなのでは? 「はぁ。白木さんと普通の青春がしたかったなぁ……」 「えぇ!? ど、と、どうしたの急に!?」 「はは、いや別になんでもないよ。冗談冗談」 「もうっ! いきなりからかうのやめてよ!」 「はは、ごめんごめん」  紛れもない本音だったが、冗談だということにした。俺の目の前で顔を赤らめている、この可愛い女の子と学生時代を過ごせたら楽しかっただろうな、なんて空想を割と本気でしてみたけれど、全て冗談だということにした。  仮に彼女と同じ学校に通う世界線があったとしても、岩崎家の人間である俺と深く関わったら、その笑顔を曇らせてしまうかもしれないから。"もしも"を考えたところで、結局虚しくなるだけだから。  これからも彼女が変わらず普通の女の子でいてくれますようにと。ささやかに願いつつ。俺は限りなくリアルなその空想を、全てただ冗談として処理することにした。
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