第三章「砂浜アゲイン」

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 集団における"遊び"とは、軽い気持ちで気楽にやるのだからこそ楽しめるものだ。勝負にこだわって真剣モードになりすぎるヤツが居たり、周りの空気を読まずに突っ走るヤツが居たりすると、それはもうシラけた雰囲気になってしまう。  要するに、遊びで本気を出すと他人の機嫌を損ねる可能性が極めて高いのである。 「ご、ごめん、岩崎くん。私のせいでまたリサの機嫌が悪くなっちゃった……」 「いや、アレは俺も悪かったと思うし、気にしなくていいよ……」  広大な砂浜の上で並び、苦笑いを浮かべながら体育座りをしている男女2人組。その正体は言うまでもなく、俺と白木さんである。    結論から言うと、白木さんの"リサの機嫌を直す手伝い"は失敗に終わった。 『身体を動かせば頭もリフレッシュされてリサの機嫌もマシになるのでは?』という白木さんの考えのもと、先ほどまで3人でビーチバレーを行っていたわけだが、結果的に俺たちはリサのイライラを加速させてしまったのである。  というわけで以下、数分前の回想。 ◆ 「えいっ!」 「それっ」 「うおおっ! うし、ギリ拾えた」  白木さんがボールを取ってきた後、最初の方は3人で輪を作ってキャッキャウフフとビーチバレーを楽しめていた。別に勝負をするわけでもなくボールを打ち合っていただけだし、俺は極力リサと白木さんが拾いやすいようなボールを返すように心がけていた。なんだかんだでリサも楽しんでいたような気がするし、この調子ならいつものリサに戻ってくれそうな雰囲気もあった。  だか、しかし。 「ねぇ、岩崎くん、ちょっと手ぇ抜いてなぁーい?」  謎にテンションがブチ上がった白木さんのその一言がきっかけとなり、異変が訪れたのである。 「いや、白木さん? 別にただの遊びだし、本気でやらなくてもよくない?」 「ノンノンノン、遊びとはいえ手加減は無用よ、岩崎くん。全力でかかってきなさい」 「いや、でもなぁ」 「……まあ、ミッチーって元バレー部だし、大河が本気で打っても普通に返せると思うよ」 「そういうことよ岩崎くん! さぁ、遠慮せずに思いっきりアタックしてきなさい!!」 「ま、まあそこまで言うならやるけど」  別にバレーの腕に自信があるわけではないが、何気に長身な俺は女子2人よりもパワーがある。ので、男女差を考慮して優しいボールを打ち返していたのだが、白木さん的にはそれだと物足りないらしい。  仕方ない。女の子相手に本気でやるのは抵抗があるが、まあ経験者なら大丈夫だろう。そう考えて、俺は強めのボールを打つことにした。 「よし! じゃあリサがトスを上げて、岩崎くんが私に思いっきりアタックする感じにしよう!!」 「オーケー、分かった。じゃあトス頼むわ、リサ」 「……うん」  この時。俺は『これってコンビプレーっぽいし、ワンチャン仲直りのきっかけになるんじゃね?』なんてことを呑気に考えていて、重大なことを忘れていた。 「はいっ」  が、しかし。気づけばリサの掛け声と共にトスがゆっくりと俺の目の前で上がっていて、 「おんどりゃぁぁぁ!!!」  勢いよくジャンプして思いっ切りボールを弾き返した直後、ようやく俺は思い出したのだ。 「いったぁぁぁぁあい!!」 「うっわ! リサ大丈夫!? 今思いっ切りボールが顔面直撃したよね!?」  ──素人の本気アタックはコントロールが狂いやすい、ということを。 ◆  そんなわけでリサの機嫌が一気に悪化し、今に至るというわけである。リサには何度も謝ったのだが、顔を真っ赤にして『絶対許さない……!』と鼻を抑えながら涙目で言われるだけであった。もう仲直りなんて不可能なのかもしれない。  顔面アタック後、イライラMAX状態になったリサは「ちょっと泳いでくる」と一言だけ告げると、俺たちを尻目になぜか無人の海でスイスイと泳ぎ始めてしまった。元々Tシャツの下に水着を着ていたようで、現在はリサが脱ぎ捨てた服を白木さんが預かり、黒ビキニ姿のリサがバシャバシャと泳いでいる、という状況である。 「それにしても、なんでアイツは急に泳ぐなんて言い出したんだ?」   「さぁ、それは私にもよく分かんないけど……リサって一応元水泳部だし、それが関係あったりするかも? ムシャクシャしたら泳ぎたくなる、みたいな」  なるほど。まあ服の下に水着着てたくらいだし、機会があれば元々泳ぐつもりだったんだろうな、多分。 「つーか、リサって水泳部だったんだな。なんか意外」 「へへ、リサって結構人気あったんだよ? "水泳部のマーメイド"とか呼ばれたりして」 「マーメイド、か」  リサの高校時代なんて知らないし、俺が知っているのは魔女としてのリサだけだ。しかし、今目の前で泳いでいるアイツを見ていると、確かに人魚姫扱いされても不思議ではないな、とは思えた。初夜に下着姿を見た(というよりは普通に襲われたので不可抗力で見てしまった)のだが、水着姿のアイツはあの時とは少し違った印象を受けるのだ。  何度見ても脚は長いし、出るとこ出てて引っ込むところは引っ込んでいる。でも、なんというかこう、今泳いでるアイツを見てても下心は出てこないというか。結構際どいビキニだと思うし、濡れた髪を見るのも初めてだけど、そういう対象として見えるわけではないというか、なんというか。  綺麗だな、と。夕日色の海原で躍動している彼女を見れば誰でもそう思うだろうし、これが俺の知らない彼女の一面なのではないか、と。そんなことを考えた。
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