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唐突な話ではあるが、『眠りから覚めた時、あなたの目の前にあるものとは?』なんて質問をされたら、どう答えるべきなんだろうか。
天井? 顔に覆い被さってる毛布? 寝落ちした時に手から滑り落ちたスマホ?
なんて具合に、まあ回答の候補は割とある。しかし人間、その日に初めて目にした物とは意外と覚えていないもので、大抵のヤツは改まってそんなことを聞かれても答えることなんてできないだろう。
「あ、やっと起きた。ふふ、おはようございます、大河さん!」
──それはそうと、二度寝から目が覚めた俺の眼前に現れたのは、こちらを見下ろしている漆原沙耶の顔面ドアップであった。
「え、夢?」
確認のために頬をつねってみる。いたい。なるほど夢ではないらしい。
「え、えっと……なぜ沙耶がここに?」
夏らしく清楚な白ワンピ姿、そしてはち切れんばかりの豊満な胸に目を奪われないように気をつけつつ、至極真っ当な質問を投げかける。
「よくぞ聞いてくれました! それはですねー? 大河さんが体調を崩したという連絡をリサちゃんから貰ったからなんです!」
いや、何がなんなのか全く分からん。
「すんません、もうちょい詳しくお願いしてもいいですか」
「えっとー、まあ簡単に説明すると、今朝起きたらリサちゃんから『大河が体調崩した。でもアタシ、今日もバイト忙しくて看病できないから誰か連れてきて』ってメッセージが届いてたんです」
「……あー、うん。オッケー、ありがとう。大体の事情は分かった」
なるほど。確かに白木さんとリサはバイトで忙しいし、俺の看病をする余裕は無いだろう。魔女ハウスに居る4人のうち、何人かを看病要因として海の家に呼びつけたのか。
「ねぇ、沙耶? 海の家まではどうやって来たの? 電車? バス?」
「いや、昨日と同じ車ですよ? 千春ちゃんが運転してくれたんです」
「え? 千春さんも来てるの?」
「凪沙ちゃんも舞華ちゃんも来てますよ?」
「え、みんな来てんの?」
いや、俺の体調不良ってそんなに大事になってんのかよ。ただの風邪なんだけど。つーか、いきなり知らない女の子が4人も来たら白木さんもビックリしちゃうだろ。俺たちの関係どうやって説明したんだよ。
「で、その3人はどこに居るの? 姿が見当たらないんだけど……」
「あ、千春ちゃんはすぐそこに居ますよ」
沙耶が俺の隣にあるもう1つのベッドの方をピシッと指差す。『すぐそこに居る』とのことだが、まさか隣のベッドで千春さんが寝ているとでも言うのだろうか。
などと考えつつ、おそるおそる身体を反転させて隣を見てみると、
「うぅ……右折怖い……交差点怖い……」
そこには確かに運転にうなされている、ジャージ姿の千春さんが居た。
そういえば、千春さんって確かペーパードライバーだったんだっけ。つーかサービスエリアの時から薄々感じてたけど、千春さんって1番年上なのにみんなから結構雑に扱われてないか? 完全にドライバーとして使われちゃってるし。なんか可哀想になってくる。
あと、千春さんって寝る時もメガネ外さないのな。寝返り打った時とか普通に危ないと思うんだけど、その辺どうなんだろうか。メガネかけたままジャージで寝る女の子とか初めて見た。
「ていうか、千春さんはなんでジャージ着てんだ?」
「あ、それは千春ちゃん曰く『運転する時は動きやすい格好が良いの!』とのことです」
千春さんは運転をスポーツか何かと勘違いしているのだろうか。
「あ、そうだ。芦屋さんと舞華はどこに居るの?」
「2人は1階でお店のウエイトレスやってます」
「……なぜそんなことに?」
「いやー、実はそれが私もよく分かってなくて。なんか会ってすぐに舞華ちゃんと凪沙ちゃんとミッチーさんが3人で意気投合したみたいで……その、気づいたらそんな感じに」
なるほど女子のコミュ力は恐ろしい。言われてみれば3人とも明るい性格だし、気が合いそうではある。人手不足っぽいし、2人が白木さんを手伝うのも良いとは思う。それにしても打ち解けるのが早すぎるとは思うが。
「ところで大河さん? 体調の方は大丈夫なんですか?」
「ん? ああ、随分マシにはなったよ。まだダルさはちょっとだけあるけど」
「な、なるほど。え、えーっと……時に大河さん? 風邪っていうのは人に移すと治るものらしいですよ?」
「え、急にどしたの。いやまあ、よく聞く話ではあるけども」
「だ、だから、その、私に風邪を移してみませんか?」
そう言うと、沙耶は中腰の姿勢を取り、ベッドに横たわっている俺と視線の高さを合わせてきた。
「ちょ、沙耶? なんか顔近くない?」
つーか普通に吐息が当たってる。こんなことやられたら熱が上がってしまう。
「ふふ、どうです? 良い提案だと思いませんか?」
「あー、いや、沙耶に風邪を移すってのはさすがに申し訳ないというかなんというか……」
「もうっ、そんなの気にしなくていいのに。私は大河さんのためなら、なんでもできるから大丈夫なんですよ?」
「なっ……!」
「ふふ、だから心配は無用なんです」
……やめろ。
「私は風邪を移されても全然平気ですから」
やめてくれ。
「大河さんの風邪が治るんだったら、私の唇くらい全然差し出せちゃうんです」
ホント、勘弁してほしい。俺、こういうの慣れてないから。なんでサラッととんでもないこと言っちゃうんだよ。
俺のすぐ目の前でかわいい表情を見せないでくれよ。普段は大人っぽいのに、俺と話す時だけ健気に年下ムーブするとか反則だろ。
なんでもできる、だって? だったら本当の気持ちを聞かせてくれよ。沙耶は俺のことどう思ってんだよ。男はすぐ勘違いする生き物なんだぞ。遠いところを、わざわざここまで来てくれただけでも普通に嬉しくなっちまうようなチョロい生き物なんだぞ。そんなこと言われたら胸が高鳴るに決まってるだろ。
上気した頬とか、ツヤツヤした唇とか、潤んだ瞳とか。そういうのを間近で見ちゃうと、どうにかなってしまいそうだ。
「ですから、そ、その──1回、私とキスしてみませんか?」
だから演技とか演技じゃないとか、そんなの関係なく。
こういうことを言うのは本当に勘弁してほしい。
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