29人が本棚に入れています
本棚に追加
魔女候補からの誘惑 (出張版)を受けるという予想外な事態が起きたものの、それを除けば今日は随分と平和な1日だった。1時間に1回くらいの頻度で白木さん、舞華、芦屋さんのうちの誰か1人が2階に俺の容態を確認しに来たものの、今日は久しぶりに1日のほとんどを1人で過ごせたため、良いリフレッシュにもなった。
まあ、一応ずっと同じ部屋に千春さんは居たが……よほど運転に疲れたのか、一度も目を覚ますことはなかった。だから、まあ実質1人で居たようなものだ。というか、ここまでくると千春さんってペーパーとか関係なく、シンプルに運転に向いていないのではなかろうか。可哀想だし、帰りはテキトーに俺が代行タクシーでも頼むとしよう。交差点にビビりまくる千春さんにこれ以上運転させるわけにはいかない。
そんなわけで、沙耶の件以外は特にハプニングなどもなく。陽が沈みかける時刻を迎えた俺は「岩崎くん! 体調が良くなったなら1回こっちに来てみて!!」という白木さんからの呼び出しを突然受けて1階に降りてきたわけなのだが──
「うわっ! ちょっと舞華! どこに打ってるんですか!! あんなボール取れるわけないですぅ!!」
「にゃはは! 凪沙っち、ごっめーん!! 風でボールが流されちゃったー!!」
「いや、そもそもアンタらが下手すぎんのよ! さっきから全っ然ラリー続かないじゃない!!」
「まあまあ、リサちゃん? お遊びのビーチバレーだし、別に良いんじゃない? 私は楽しいよ?」
開けた店の入り口から砂浜に目をやると、そこにはキャッキャウフフとビーチバレーを楽しんでいる水着美女4人の姿があった。
「ふふ、みんなかわいいよね〜。ねぇねぇ、あの子達って岩崎くんの友達なんでしょ? どの子が本命なのー?」
入り口に立ち尽くす俺に向け、白木さんがニヤニヤしながら問いかける。
「いや、俺とあの子達はそういう感じじゃないって」
「あ、分かった。今2階で寝てるメガネの子かな?」
「いや、だからそういうわけでもなくてですね?」
ある意味4人の中に本命が居ると言えなくも無い。が、『誰が本命か分かりません』なんて言うわけにもいかない。今話した感じだと、白木さんの中では4人が"俺とリサの共通の友人"ってことで通ってるっぽいからな。余計なことは言わない方が良いだろう。
「ていうか、白木さん? もしかしてそれを聞くためだけに俺を1階に呼び出したの?」
「うん。だってあんなにかわいい子ばっかなんだもん。そりゃあ、その辺のことは気になるじゃない?」
「いや、まあ、確かにそうか……」
実際、魔女ハウスの事情を知らない第三者から見れば、今の俺はさぞモテ男に見えることだろう。あの中に本命が居ると考えるのは自然なことだ。
あの忌まわしきルールさえ無ければ、ここから見える景色もまさに桃源郷。グラビアアイドル顔負けの沙耶に、スレンダーで美白肌の舞華。それに加え、可愛らしいフリフリ水着を着ている芦屋さんや、みてくれだけは文句のつけどころのない金髪ギャルも居る。そんな美女が揃いも揃って水着でビーチバレーをやっているところなんて、普通に生きていたら見られないだろう。
今はダウンしているが、千春さんも4人に負けず劣らずの魅力を持っている。こうして考えると、俺なんかじゃ到底釣り合わないレベルの女の子たちばかりだ。
まあ、今置かれてる状況的には桃源郷ではなく、魔境と呼ぶべきなんだろうけども。
「あー、また舞華がミスしたです!!」
「いや、違う違う! 風が強かっただけだよ!!」
「アンタ、さっきもそれ言ってなかった!?」
というか、リサってあんなに舞華たちと仲良かったっけ。天体観測した時に庭で鬼ごっこしてた時はあんなにノリ気で騒いでなかった気がするんだが。
「アレ? もしかして俺が知らないうちに仲良くなってたのか?」
いや、ちょっと待て。ということは、つまり──
【おそらく魔女候補4人は、正体がバレているにも関わらず、ちょくちょく俺の部屋に来たり、漫画を読んだりしているリサに不満を持っている】
──これは俺の勘違いで。
【今回の岩崎家の目的とは、東条リサを魔女ハウスから追放することだ】
──本当は全然そんなわけでもなくて。
【ならば俺とリサの関係性を元の状態にリセットすれば、自ずと彼女たちの不満は無くなるはずだ】
──そもそもそんなことする必要は無くて。
つまりは全部俺の考え過ぎで、深読みのし過ぎだったってことなのか?
「はぁぁぁぁぁ……マジかぁぁぁぁ……」
「アレ、どしたの岩崎くん。急に頭抱えてため息なんかついちゃって」
「あー、いや、なんか自分がすっげぇ空回りしてることに気づいて嫌気がさしてきたというか、なんというか……」
なんか急に恥ずかしくなってきた。結局この2日間って単に俺が暴走してただけじゃねぇかよ。
勝手に勘違いしてリサに余計なこと言って、無駄にリサと喧嘩して。挙句、無理して泳いで風邪ひいて……いや、マジでイタ過ぎるだろ俺。空回りしかしてない。
【だーかーら! 頭ごなしに4人を疑いすぎるなって言ってんのよ!】
ふと、いつの日かリサに言われた言葉を思い出す。なんとも皮肉なことだ。今回はこの"疑い過ぎ"が俺の暴走へと繋がってしまった。
舞華、沙耶、芦屋さん、そして千春さんがリサへ悪意を向けるだろうという、彼女たちへの過剰な疑念。それが結果的に俺の無駄な奔走へと繋がり、本来負わずともすんだはずの苦労をしてしまったのだ。
「ふふ、別に空回りしても良いんじゃないの? それに、リサを助けるために一生懸命泳いでる時の岩崎くんはすっごくカッコ良かったよ?」
「はは、ありがとう白木さん……まあ、それも全部俺の骨折り損だったみたいなんだけど……」
『協力関係を解消しよう』などと余計なことを言っていなかったら、俺がリサの顔面にボールをぶつけることにもならなかっただろう。アイツが機嫌を悪くしてスイスイと1人で海を泳ぐことも無かっただろう。結局は全て俺の独り相撲だったのだ。
と、思っていたのだが。
「うーん、そうなのかな?」
どうやら白木さんは違う考えのようで。
「岩崎くんが言う"空回り”がどういうことなのかっていうのは、詳しくは分かんないんだけどさ? たとえ岩崎くんがこの2日間でやったことが全部空回りだったとしても、それが全部無駄だったってことにはならないんじゃないかな?」
「え、どういうこと?」
「たとえば、ほら。岩崎くんはさ、リサがちょーメンドくさい子だってことをこの2日間で知れたでしょ?」
「ん? ああ、それは確かにそうだけど」
「それに、私は岩崎くんが来てくれたおかげでこの2日間はいつもより楽しかったよ? あんなに可愛い子たちと一緒に働くこともできたし、リサが男の子と言い合いしてるのを見るのなんて初めてだったし、あんなにはしゃぎながら遊んでるリサを見るのも初めてだった。私も岩崎くんも、そして多分リサも。みんな何かしら新しい"経験"をしたんじゃないかな」
経験、か。
「だから君がここに来てくれたこと、そして君がここでやったことは全部無駄じゃなかったんだよ。空回りしたって良いじゃない。失敗は成功の元って、よく言うでしょ?」
「はは、白木さんって結構モテるでしょ? そういう慰め方されると、俺みたいなヤツはすぐ勘違いしちゃうから気をつけた方が良いよ?」
「ふっふっふー、岩崎くん? 私を褒めても何も出ませぬぞ?」
ニコリと微笑みながら、白木さんが肘でコツンと俺の横腹をつつく。
しかし、なるほど。こんなに純粋無垢な子に出会えたというのを考えれば、それだけでもこの2日間は無駄じゃなかったと思えてくる。
それに白木さんの言う通り、俺はこの2日間でリサの隠れた一面を知ることができた。ということはつまり、裏を返せば他の4人の隠れた一面を知る機会も今後あるのではないだろうか。今日の感じだと、2人きりで居る時の沙耶はいつもと少し違うというのも分かってきた。その可能性は大いにありえる。
──人間関係はリセットできない。
──人は仮面を使い分けて生きている。
どちらも白木さんの言葉だ。
人間関係ってのは常に変わり続けるし、後戻りはできない。そして、その関係性によって自分が見せたい部分、見せられる部分だけを相手に見せるようになる。きっと人ってのは、そうやって生きているんだろう。
だから俺が今できるのは疑うことじゃなく、まずは知ることだ。惚れないように気をつけながらも彼女達に近づき、隠れた一面を見せてもらえるような関係性になることだ。相手の本音を探ろうってんなら、今よりもさらに距離を縮なければならないのだろう。
多分それは簡単なことじゃないが、疑い過ぎて空回りするよりはマシってもんだ。
「あ! 大河っち、もう治ったのー? 治ったなら一緒に遊ぼーよー!!」
「岩崎さーん! こっちこっち! ですー!!」
「ふふ、水着のかわい子ちゃんに呼ばれてるよ、岩崎くん? 行かなくていいの?」
「はぁ、まったく。こっちは病み上がりだっていうのに……」
それでも、行くしかないのだろう。俺が行かなかったら、きっとあの2人は頬をプクッと膨らませて拗ねるに違いない。
共に過ごした時間は短いかもしれないが、それくらいなら俺も知っている。
「ねぇ、白木さん。2階で寝てる子も一応起こしてもらってきていい? 1人だけ居ないっていうのも、なんか可哀想だしさ」
「ふふ、分かった分かった。じゃあ、メガネちゃん起こしたら私も一緒にみんなのとこ行くね! どうせだから7人でビーチバレー楽しんじゃおう!!」
そう言ってグッとサムズアップすると、白木さんはドタドタと愉快な足音を響かせながら2階へと向かった。
「大河さーん! はーやーくー!!」
「ほら、さっさと来いっての!! アンタにアタシのスーパーアタック喰らわせてやるからさ!!」
「はぁ。だから病み上がりだって言ってんのによ……」
やれやれと溜息をつきつつ目に入るのは、沈みかけの夕日に照らされた大海原をバックに、それぞれ輝きを放つ水着美女たち。もしかしたら「おーい!」なんて言いながら手を振る彼女達の元へ向かうのは、それこそ魔女の誘いに乗るようなものなのかもしれない。
「分かった分かった! 今行くから!!」
だが、しかし。それでも俺は彼女達の元へ一歩を踏み出す。
きっと、めくりめく季節とともに俺たちの関係性は色を変えていき、そう遠くない"いつか"に終わりを迎えるだろう。
この一歩は、その"いつか"を目指すための一歩だ。終わりを恐れず、彼女たちの隠れた心に近づくための一歩だ。
どんな終わりを迎えても後悔しないように、と。まだ見ぬ未来へ進むために必要な一歩だ。
だから俺は、その魔境とも呼ぶべき桃源郷へと飛び込んでいく。
「ハッハッハ! 満を辞して主役参上!! 病み上がりだけど全員まとめてかかってこいやぁ!!」
──今全力で思い出を作ることこそが、本当の彼女たちを知ることに繋がると信じて。
最初のコメントを投稿しよう!