第三章「砂浜アゲイン」

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 白木さんも交えて開催されたビーチバレー対決はなかなかの盛り上がりを見せ、俺としても純粋に楽しいイベントとなった。  なんなら白木さんが水着に着替えて参加してくれた時点で、神イベントであった。低身長な見た目の割りには豊満な良い双丘をお持ちだったし、脱いだら意外とすごいパターンだった。ミッチーおそろしや、完全に非の打ち所がないヒロインである。  さらに言えば、ビーチバレーってのは砂の上でなかなか激しい動きをするわけで、その度に水着美女たちのあんなとことやこんなところを脳内メモリに保存することができた。実に眼福である。  また、ビーチバレー対決を終えた後は、俺、リサ、白木さんの3人で海の家の閉店作業を行うこととなった。白木さん曰く、なんと今年の海の家の最終営業日が今日だったらしい。テーブルの片付けやら、大掃除やらと、様々な雑務を3人でせっせとこなした。  ちなみにリサ以外の同居人たちは各々翌日に用事があるとのことだったので、一足先に魔女ハウスへ帰ることとなった。運転に怯える千春さんが可哀想だったので電話で代行タクシーを頼んだところ、千春さんから「ありがとう! ありがとう大河くん……!」と、涙目でマジ感謝をされた。よほど運転したくなかったようだが、一体あの子はどうやって免許をとったのだろうか。  そして、なんやかんやありながらも、つい先ほど閉店作業は無事に終了。現在、荷物をまとめ終えた俺とリサは、陽が落ちて闇に包まれた砂浜の中、白木さんと最後の挨拶を交わしているところである。 「いやー、リサも岩崎くんもありがとうね! すっごく助かったよ!」 「いや、いいのいいの。ミッチーには普段大学でお世話になってるし、お互い様よ」 「はは、まあ色んな意味で大変だったけど、白木さんと働くのは楽しかったよ。来年、機会があればまた来るね」  ちゃっかり閉店作業中に白木さんと連絡先も交換したことだしな。やはりミッチールートは捨てがたい。もし俺が魔女からコテンパンにやられたら、ネクストメインヒロインは君だ。 「ふふ、そうだね。来年岩崎くんがどの子を連れて海に来るのか楽しみにしとくね?」 「え? あー、いや、別に俺が来年誰かとくっつく補償は無いんだけどね?」 「ハッ、それもその通りね。アンタ、もしかしたら来年の今頃は3000万払ってるかもしれないし?」 「バッカ、お前! 白木さんの前で余計なこと言うんじゃねぇよ!」 「ん? 岩崎くん、3000万ってなんのこと?」 「あ、あー! もう20時過ぎてる! そ、そろそろ帰らなきゃなぁー! ほら行くぞリサ!!」  首を傾げてキョトンとしている白木さんには申し訳ないが、説明放棄だ。というか、大金を掛けてシェアハウスしてるなんてそもそも説明できっこない。彼女との別れは大変名残惜しいが、そろそろ退散させていただくとしよう。 「あ、そうだね。確かにあんまり遅くなり過ぎるのも良くないね。うん、分かった! じゃあ、気をつけて帰ってね! 2人とも本当にありがとう! すっごく楽しかったよ!! また来年も絶対来てね!!」  某ギャルのせいで多少雑な挨拶になってしまった感はあるものの、こうして俺の"ひと夏のアバンチュール"は、太陽のようなミッチースマイルと共に終わりを告げた。 ◆ 「ねぇー、もっとスピード上げなよー」 「いや、夜道は安全運転第一だっつーの。つーか早く帰る意味もないだろ」  ライトを照らし、のらりくらりと愛車を走らす帰り道。昨日の車内と違うのは、なぜか助手席の女がアイマスクをすることもなく、やたらと話しかけてくることだろうか。隣で爆睡キメられながら運転するのも腹は立つが、隣から急かされながら運転するのも、それはそれでうっとおしい。まったく。寝てても覚めてても厄介なギャルだ。 「あ、そうだ。ねぇ、大河? アタシ、アンタの命令をなんでも1つだけ聞くことになってたけど、その辺どうするつもりなの? まあ、アンタのことだからどうせエロい要求とかするんだろうけど。いやーん、大河のエッチー」 「いや、しねぇから。百歩譲って俺が変態なのは認めるけど、その辺はちゃんと線引きできるから」  つーか、溺れかけてるとこを助けても俺の評価って全然上がらないのな。いや、別にコイツの評価とかどうでもいいんだけどさ。 「え? じゃあ何を要求するつもりなわけ?」 「うーん、どうしたものか」  正直、なに考えてなかった。色々ありすぎて考える余裕がなかった。  しかし、どうしたものか。なんでも命令できるというのは大きいが、特にコレといってリサに要求したいことはない。かといって、テキトーなことを言って命令権を消費するのも、それはそれでもったいない気がする。  と、なれば。 「保留だ。保留。命令権はまだ使わない」  こうしておくのが無難だろう。 「ん? 使わないの?」 「ああ。まだ使わない。別に今無理して使う必要もないからな」 「あっそ。まあ、アタシは別にそれでもいいけど」 「おう。じゃ、そういうことで」  使うタイミングは今じゃない。特に理由があるわけでもないが、なんとなくそう思った。  きっとこの先、今の生活を続けていれば俺は何度も壁にブチ当たることになるだろう。未来ってのは何が起きるか分からないが、少なくとも万事順調には進まないことだけは確かだ。  だから、この命令権は切り札として然るべき時に使うことにしよう。  もちろん、こんな権利には頼らないのが理想だ。でもこれから先、どうしても俺1人の力だけじゃ乗り越えられない壁が現れたら……きっと、俺が頼れるのはリサしか居ない。それは今の状況を考えれば、自ずと分かることだ。  そう。いわば、これは保険なのだ。俺がピンチになった時のための、精神安定剤のようなものなのだ。  ヤバくなった時でも、少なくとも1人は味方が居る。そう思えれば、多少は気が楽になるというものだ。最後まで頼らないってのがベストではあるが。 「あ、ミッチーからメッセージ来た。ていうかメッチャ写真送られてきた。うわー、いつのまにこんなに撮ったんだろ」 「写真? もしかしてビーチバレーやってた時の写真か?」 「うん。あと舞華と凪沙がウェイトレスやってる写真とか千春が寝込んでる写真とか……って、うっわ、アタシと大河が2人で映ってる写真もあるじゃん」 「こら、そこ。露骨に嫌そうな声出すんじゃないの。俺だって映りたくて映ったわけじゃないから」  嫌われたくはないけど、一緒に写真に映るのは嫌とかどういう感情なんだ。リサの中で俺の好感度がどうなっているか全く読めない。 「えーっと、なになに? 『いっぱい写真撮っといた! テキトーに名前つけてアルバムにまとめて他の5人にも共有しといて!!』だってさ」 「おう、そうか」  よし、あとでミッチーの写真だけトリミングして別のアルバムにまとめるか。 「というわけでアンタ、なんかテキトーにアルバム名考えて」 「え、なにその無茶振り。アルバム名なんて普通に日付とかでいいんじゃねぇの?」 「えー、それだとなんかつまんないじゃん。ほら、いいから何か考えてよ」 「いや、いきなりそんなこと言われてもな」 「5、4.、3……」 「え!? いきなりなんなの、そのカウントダウン!? 怖いんだけど!?」  えーっと、アルバム名、アルバム名…… 「よし。シンプルに"海の家"なんてのはどうだ」 「テキトーすぎ。却下」 「じゃあ、"海の家だョ!全員集合!"」 「却下」 「ラブリーマイエンジェル・ミッチー」 「却下!!!」  クソ。全部ダメなのかよ。 「アンタねぇ、もうちょっと真面目に考えなさいよ?」 「ったく、しゃあねぇなぁ」  真面目に……真面目に、か。 「だったら、"砂浜アゲイン"ってのはどうだ」 「? なにそれ、どういう意味?」 「"2回目の砂浜"って意味だよ。難しい英語使ってごめんな」 「いや、英語の意味聞いたわけじゃないし! ていうかアゲインの意味くらい分かるし!! バカにしてんの!?」 「あはは、冗談冗談マイケルジョーダン」 「はぁ……で? その"砂浜アゲイン"っていうのはどういう意味なの?」 「ん? あー、いや、特に意味はねぇよ。そのまんまんの意味だ」 「あっそ……まあ、真面目に考えたみたいだし許してあげる」 「へいへい、そりゃどうも」  砂浜アゲイン。そのアルバム名は特に捻ったわけでもなく、俺にとっては実にストレートなものだ。  ──誰が"あの子"なのかはまだ分からないけれど。  確かに俺はもう一度、彼女と海で過ごすことができた。  ──夢に出てくる砂浜ではないかもしれないけれど。  確かに俺はもう一度、彼女と砂浜で思い出を作ることができた。  ならば、その記録を残した2日間を"砂浜アゲイン"と名付けたところで、何もおかしいことはないだろう。 「はは。ホント、大変な夏だったな」  ──どんな形であれ、俺は確かに夢の続きを見ることができたのだから。
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