第四章「First Flavor」

2/18
前へ
/150ページ
次へ
 夏休みも残すところ、あと5日。長期休暇で十分に時間があるうちに魔女候補4人を分析するべきだと判断した俺は、リサのアドバイスのもと“デートウィーク”の開催を決意した。言うならば、彼女たちとの日替わりデートラッシュである。  もちろん普段の俺なら、あんなハイスペック美女軍団をお誘いすることなど到底できないところだ。しかし今回に限って言えば、魔女ハウスの『惚れさせれば報酬1000万』というルールがある。彼女たちがこの方針に従って行動している以上、こちらの提案を断ることはないだろう、というのがルールを逆手にとった俺とリサの考えだ。  昨日、この“デートウィーク”を4人に提案したところ、俺は予想通り全員からOKをもらうことに成功。なんでも、各々理想のデートコースがあるらしく、デート内容は全て魔女候補側が決めてくれるらしい。デートスポットの知識は皆無なので、正直俺としては非常に助かる提案である。  ──そして迎えた本日、デートウィーク一日目。 「ふふふ、大河さん? 今日はよろしくお願いします!」  某駅前の噴水広場にて。雲一つない晴れわたった空の下、俺は純白ワンピースを身に纏った漆原沙耶と合流を果たしていた。 「ごめん、ちょっと待たせちゃったかな?」  俺は沙耶より少し遅れて集合場所に到着。同じ家に住んでいるので出発時間を合わせれば、こういう展開にはならないのだが、沙耶曰く『それだと風情が無くてつまらない』らしい。彼女の要望により、今日は敢えて時間をズらして家を出ることになったため、俺は不可抗力で沙耶を待たせることになってしまった。別に遅刻したとか、寝坊したとか、そういうわけではない。 「いえいえ、全然待ってませんよ! ふふ、私、今日は大河さんと周りたいところがいっぱいあるんです!! ささ、早くいきましょ!」  なんて言いつつ、きめこまやかな黒の長髪をなびかせながら、スケート選手のようにくるりと一回転を決める沙耶。相変わらず真意は読めないが、相当張り切っているということは、確かなようだ。 「はは、わかったわかった。じゃあエスコート、お願いしようかな」  街中を楽しそうにズンズンと歩み進める沙耶に並び立ち、俺も彼女の歩幅に合わせて歩みを進める。  しかしこうして近くで沙耶を眺めていると、本当にこの子と俺は釣り合っていないと実感する。ワンピースの上からでも分かる身体の曲線美は魔女候補の中でも群を抜いたものがあり、これで料理もバツグンに上手いというのだから非の打ちどころが無い。正直、完璧すぎて逆に魔女なんじゃないかと思ってしまう。 「? 大河さん? 私の顔に何かついてますか……?」  こちらの視線に気づいたのか、沙耶がコクリと首を傾げながら俺の顔をじっと見つめる。  いかん、普通に見惚れていた。 「あーいや、えっと、その……これは、ほら、アレだよ。今日はなんか沙耶がいつもと違うなーって思ったというか、そういえば今日はいつもよりボディータッチが少ない気がするというか? んで、その辺がちょっと気になったから沙耶の様子を伺ってた……みたいな?」  言い訳が下手過ぎる。というより俺は一体全体、何に対して言い訳をしようとしているんだ。自分でも何を言ってるのか分からん。 「あれあれ? もしかして大河さん、もっと私に触りたいんですか? うふふ、まあ大河さんがお望みならいっぱい触ってもいいですけど!」  いたずらっ子のようなニマニマ顔を浮かべつつ、沙耶は上目遣いでこちらを見つめている。 「い、いや、俺は別にそういうつもりで言ったわけじゃ……」 「ふふ、まあボディータッチを少なくしたというよりは、攻め方を変えたってだけなんですけどね。だって……大河さん、私が近づいても、すぐ離れていこうとするんですもん」    すると先ほどの悪戯な顔が一転、沙耶は、今度はプクリと頬をふくらませて拗ねたような態度になってしまった。 「あー、いや、それはなんというか、別に沙耶に近づかれるのが嫌ってわけじゃなくて、単に俺が耐性無さ過ぎるだけっていうか……」    これまでの沙耶は、とにかく大胆だった。海の家では突然キスを迫られたりもした。しかし一方でノミの心臓の持ち主こと俺は、幾度も彼女の誘惑から逃げてきたのだ。  白状してしまえば、俺は沙耶に近づくのが怖かったのである。彼女の色香に魅了されてしまいそうで怖かった。なんとも情けない話だ。 「うふふ、でも、それでいいんです。大河さんに物理的に近づくだけじゃダメだってことに気づけましたから。大河さんは私が思っていたよりもウブで、そして私が思っていたよりも誠実なんだってことが分かりましたから。だから……これからは正攻法でいこうと思うんです」 「? 正攻法?」  言葉の意味を飲み込めず、尋ね返してみる。 「はい。正攻法です。私、これからは純粋に、大河さんに私のことをいっぱい知ってもらおうかなーって思って。これまでとは違って無理がないペースで心の距離を近づけて、もう私から離れられないくらいに……私っていう1人の女の子の魅力をせいいっぱい伝えようかなって。そう決めたんです。だから、もう今までみたいに過度なボディータッチはしません。そして……」  と、一度そこで言葉を切った隣の彼女は、突然くるりと身をひるがえして俺の真正面に回り、気づけばその小さな人差し指をトスンと俺の胸に押し当てていて── 「いつの日か、絶対あなたに言わせるんです! “君のことが好きだ”って!!!」  街行く人々の目などおかまいなし、といわんばかりに。悪魔的な上目遣いに天使のような笑顔を添えて、愛の爆弾を放り投げてきたのだ。
/150ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加