第四章「First Flavor」

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 どうやら俺は、この企画を少々甘く見ていたのかもしれない。  よくよく考えなくとも、これまでの人生において俺はデートなるものをほとんど経験したことがなかった。恋愛経験が浅い俺は、男女が2人で出かければそれはデートなのであり、ある程度会話を交わすだけでもデート自体は成立するものだと思っていたのだ。デートというものに、俺はそれほどヘビーなイメージを持っていなかった。  今回の沙耶とのデートにしても、そうだ。俺としては夏休み最後の思い出作りを兼ねて一緒に会話を重ねて、あわよくば何か今後に繋がるヒントを得られればいいな、みたいな。そんな感覚だった。4人のことを知るべきだと思った気持ちに嘘は無いが、今回はあくまで第1ステップくらいのつもりでいた。  それがフタを開けてみれば、どうだ。 【いつの日か、絶対あなたに言わせるんです! “君のことが好きだ”、って!!!】  沙耶は最初からフルスロットルで俺にぶつかってきたじゃないか。思わず公衆の面前で大赤面してしまった。  しかも、 「ふふ、実はここって隠れた名店なんですよ? 大河さんと一緒に美味しい料理を食べたくて、友達に色々聞いたりネットで調べたりして、私なりに頑張って探してみたんです」  彼女に案内されるがままに入ったイタリアンの店なんか、どの料理も絶妙に俺の好みを突いていて美味だし、 「えっと、このパスタが特に美味しいらしいですよ。迷ったらとりあえずコレを頼んじゃえばOKです!!」  次何頼もうか悩んでたら、サラッとこういう細かい気遣いもしてくれたし、 「ふふ、やっぱりおいしいです!!」  普段はどっちかというとクールって感じなのに、今日は珍しく口に料理を含んだまま美味そうにパクパク食べるものだから、そういうとこを不覚にもちょっとかわいいなって思ったりしちまうし。  ああ、俺にしか見せない一面もあるんだな、とか。今日は誘惑とか関係なく純粋に楽しんでるんだな、とか。そうやって沙耶のことを知れば知るほど、この子が魔女であってほしくない、なんて愚かなことを考えてしまう。  そしてなにより、俺はこの時間を心の底から楽しいと思ってしまう。  知らなかった。これまで勉強以外に目を向けてこなかった俺は、知らなかったのだ。女の子と2人で居るだけでこんなに心が躍るということを、俺は知らなかった。  目の前に明るく笑いかけてくれる人が居るだけで。ちょっと冗談を言ったりすると、プクっと頬を膨らませたりする人が隣に居るだけで。ただそれだけで、こんなに気分が高揚するなんて、俺は知らなかった。  ──デートがこんなにも楽しいものだなんて、俺は知らなかったのだ。 「ん? 大河さん? フォークを持ったままボーっとしたりして、どうしたんですか?」 「あ。いや、ちょっと、ね。特に何もしてない俺がこんなに楽しんじゃっていいのかなーって思ったり、思わなかったり……みたいな」  テーブル席の正面で目を丸めてキョトンとしている沙耶に向けて、ありのままの心情を返す。 「ふふ、おかしな大河さん。まだ店に来てお昼ご飯を食べただけじゃないですか。デートは始まったばかりなんですよ? これからいーっぱい楽しいことがあるんですよ?」 「いや、えっと、まあ確かに始まったばかりなんだけどさ。それでも、なんか楽しくなっちゃったんだよ」 「ふふふ、なんか子供みたいでかわいい」 「……はは、確かに、ある意味俺は子供なのかもしれないな」  “初デート”っていう中高生が経験していそうなイベントを、今更経験しているわけだからな。そういう意味で言えば、俺は中身が子供のままデカくなってしまったのかもしれない。 「まあ、確かに大河さんは子供っぽいところはありますよね。ふふ、私が距離を詰めた時の反応とか、中学生みたいですもん」 「うっ、女の子から直接そう言われると心にクるものがあるな……」 「うふふ、冗談ですよ、冗談。シェアハウスが始まる前に執事さんから色々聞いてるので、大河さんなりに大変な人生を送ってきたっていうのは私も少しは知ってますから。だから私が思うに……きっと大河さんは子供なんじゃなくて、ただ普通の青春を送れなかっただけだと思うんです」 「? それはどういう……?」 「簡単な話ですよ。放課後に友達と出かけたり、たまにすれ違って喧嘩したり、時々悪さをして先生から叱られたり。あとは……好きな人と一緒にデートしたり。そういうのが私的には普通の青春だと思うんです。ま、まあ、かくいう私も今まで恋人は出来たことないんですけどね、あはは……」  照れくさそうにポリポリと頭をかきつつ、力なく微笑む沙耶。しかしこんな子を放っておくとは、なんとも見る目が無い同級生もいたものである。 「で、つまり何が言いたいというと……大河さんの青春は始まったばかりだと思うんです。きっと大河さんはこれから目いっぱい青春を楽しめるんじゃないかなーって。私は、そう思うんです」 「え、今から?」  自分で言うのもどうかと思うが、とても青春どころじゃない生活状況である。主に今後訪れるかもしれない金銭危機的な意味で。 「はい、今からです。今だからこそ、なんです。だって……よく考えてみてください? 女の子5人と暮らせる大学生なんて、日本中探してもきっと大河さんくらいしか居ませんよ?」 「い、いや、それはそうだけど……でも4人も魔女が居るって考えるとな……」 「ふふ、確かに普通じゃないですよね。でも、魔女たちが皆悪意だけで動いているってわけでもないと思いますよ?」 「え? でも個人差はあれど、皆それなりに金目的ってのはあるはず……だよな?」  あくまで沙耶自身の正体には触れず。俺は彼女から見た魔女たちへの見解を伺ってみる。 「そうですね。私も多かれ少なかれ、“お金目的”っていうのはあるんじゃないかなって思います。でも“お金目的”ってだけなら、魔女になること以外にも他にやりようがあると思いませんか?」 「い、言われてみれば確かに」  思わず納得してしまった。確かに、こんなめんどくさいルールに縛られたシェアハウスで過ごさずとも、あの子たちほどの美貌があれば、その辺の金持ちのボンボンを普通に誘惑した方が早い気がする。言い方は悪くなるが、その気になれば男に貢がせることなど彼女たちにとっては朝飯前だろう。少なくとも岩崎スカウターから見た彼女たちはリサを含め全員、それくらいのスペックの持ち主なのだ。 「ということはつまり、沙耶は『魔女たちはお金以外にも何かしら目的を持って俺と同居してるかもしれない』って言いたいわけ?」 「ええ、そういうことです。さすがは東大生。理解が早いですね!」 「な、なるほど」  金以外の目的、か。そういえばリサも1000万円というよりは、『岩崎家から生活費全支給で暮らせる』っていう環境の方を目的にしていたな。  なるほど。そう考えると、魔女が各々別の目的を持って魔女ハウスで暮らしている可能性は結構高いのかもしれない。 「あと、普通に考えてお金のためだけに同居とかできないと思いませんか? やっぱ少しは楽しいとか、面白いとか、そういうポジティブな気持ちが無いと一緒に暮らすことってできないと思うんですよ。ネガティブな気持ちだけだったら……きっとすぐに破綻しちゃいます」 「だから魔女たちが皆悪意だけで動いているわけではない、と?」 「少なくとも、私はそう思います」  そう言った彼女の表情は晴れ晴れとしていて、いつも通りの柔和な優しい笑顔で。  ──けれど。明確な根拠は無いし、なぜそう感じたのかは自分でも分からないけれど。どこか物寂し気な哀愁を帯びているように、少なくとも俺の目からは見えた。  だから、なのだろうか。不意に、なんとなく。どういうわけか、そんな彼女のことが心配になってしまった俺は、 「じゃあ……沙耶は今の生活を楽しいと思ってくれてるってことでいいのかな?」  なんて無粋な問いかけを放り投げて、 「ふふ、もちろんです。こんな時間が永遠に続けばいいなぁって、心の底から思ってますよ」  その答えが本心なのか分からずとも。今は彼女の口から綺麗な言葉を聞いて、安心したい気分になった。
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