第四章「First Flavor」

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「あのさ。急な話で申し訳ないんだけど、今日は沙耶が行きたいところに行ってみないか?」    レストランから出た後の、街中の道中。沙耶との会話を通して色々思うところがあった俺は、そんな提案を申し出てみた。 「え? 私が行きたいところ、ですか?」 「うん。なんとなくだけど、人気スポットだとか、ネットで評判の良いスイーツ店とかよりも、純粋に沙耶が行きたいところに行ってみたくなって」  きっと沙耶が考えてくれたデートプランに従えば、間違いなく良い一日が過ごせるだろう。流行りを網羅したデートスポットに行けば、それはもう文句の付け所の無いデートになること間違いなしだ。  しかし、昼食中に彼女との会話を通して俺はこうも思った。  ──果たして、それは本当に彼女を知ることに繋がるのだろうか、と。 「沙耶が一生懸命プランを考えてきてくれたのはもちろん嬉しいし、そのプランに沿ってデートしたいっていう強い気持ちがあるなら、無理を言うつもりはないんだけどさ。もし沙耶がよければ、俺への気遣いとか度外視で、純粋に沙耶が行きたいところに行ってみたいな、って思って」  正体を見抜くためには。魔女たちの仮面を取り外すためには……きっと、4人を疑うだけじゃダメだ。それは海の家での一件を通して痛感した。  だが4人に近づくだけでも、まだ足りないのだ。  偽ろうとしている彼女たちの心に手を伸ばして会話を重ねるだけでは、まだ足りない。それだけではきっと、俺は本当の彼女たちを知ることはできない。  何が好きで、何が嫌いなのか、とか。  どんな人生を歩んできて、どんな経験をしたのか、とか。  今日みたいな休日には、普段どんな所に行っているんだろうか、とか。  魔女候補としてではなく、1人の女の子として。先入観なしに彼女たちがどんな人間なのか知ろうとする気持ちが、きっと今までの俺には足りていなかった。 「俺、沙耶のことがもっと知りたいんだよ」  ──だから、まずは直接その意気込みを伝えてみたのだ。  文字に起こしてしまえば羞恥に悶絶しそうなセリフではあるが、声にして伝えてみた。  いくら考えこんだところで、気持ちってのは言葉にしないと伝わらないから。まずは『俺がどうしたいのか』を宣言することから始めよう、と。そう決意したのだ。 「ふふ、大河さん? それって、もしかして私を口説いてます?」  一旦歩みをとめ、悪戯な笑みを浮かべながらこちらの様子を伺う沙耶。 「いや、別に口説いてるってわけじゃないんだけどな? 単に、沙耶が休日どんな所に行ってるのか興味があるというか、なんというか……」  そもそも口説くほどの度胸が無いというのはナイショの話である。 「ちぇっ、なぁーんだ、つまんないのぉー」  俺の反応に納得がいかないのか、口を尖らせてプイッとそっぽを向く沙耶。なんだか少しキャラが変わっているように見えるが、気のせいだろうか。 「あ、その……うん、なんか紛らわしいこと言ってごめん」 「ふふ、冗談ですよ。謝らなくてもオッケーです。大河さんが私のことを知ろうとしてくれているのは嬉しいですし、変な下心が無いっていうのもなんとなく分かりましたから。まあ、多少の下心を持ってくれている方が私としては理想的なんですけどね?」  そう言って沙耶は3歩ほど前進し、くるりとこちらを振り向くと、 「分かりました! じゃあ今日は大河さんのお望み通り、プランを変更して私のワガママに付き合ってもらっちゃいます! 実は今度1人で行ってみようかなーと思ってたところがあったで!」  一方的にそう告げると、「じゃあ、しゅっぱーつ!!」と、満面の笑みを見せながら、強引に俺の手をとって、ズンズンと歩みを進め始めた。 「ちょ、ちょっと沙耶! ペース早いって!!」  なんて、壊れたランニングマシンのような速度で直進する彼女に些細な抗議を唱えつつ。レストランに居る時よりもどこか活き活きとした彼女の横顔を見た俺は、自分の選択が初めて間違いではなかったような気がして、どこか言いようのない安堵感を覚えた。  はてさて。一体どこに連れて行ってくれるのやら。
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