第四章「First Flavor」

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「はい! それでは次のお客様方はこちらへどうぞ!」  我ら大学生は夏休み期間中であるものの、世間はド平日。ジェットコースター、もといデッドコースターの前には別に長蛇の列ができているということはなく、数分ほどアトラクションの前に並んで待っていると、すぐに俺たちの番が回ってきた。 「よし。じゃあ、行こうか」 「は、はい! えへへ、楽しみです……!」  相変わらず期待を抑えきれない様子の芦屋さんに思わず頬を緩ませつつ、コースターの座席へと向かう。表には出していないが、何気に俺としても楽しみだ。絶叫マシンなんて久しく乗っていないからな。たまには、魔女との駆け引き以外のスリルも味わいたいってもんだ。  なんて淡い期待を、俺はささやかに抱いてみたのだが。 「あ、す、すみません! そこのお客様! ちょっといいですか……?」  突然背後から俺たちを呼び止める係員のお姉さんの声により、その小さな高揚感は遮られることとなった。 「えっと……俺たちに、なにか?」  芦屋さんと共に足を止め、振り返って係員と向き合う。 「あ、いやー、その、大変申し上げにくいのですが……実は当コースターには安全面の配慮から他のコースターよりも高い身長制限が設けられていまして、150cm以下の方は搭乗禁止という決まりになっておりまして……」  俺に向けて申し訳なさそうにそう言うと、係員の彼女はチラリと芦屋さんに視線を移して、 「ですので誠に申し訳ありませんが、そちらのお子様には当アトラクションへの搭乗をご遠慮していただきたく……本当に、申し訳ありません!!」  深々と頭を下げて、一方的な謝罪を突き付けてきた。 「……そ、そうですか。それなら、仕方ありませんね。わ、私、小さいですから。危ないなら……諦めなきゃ、ですよね」  唐突なお断り宣告を口では受け入れつつも、明らかに気落ちした表情を浮かべる芦屋さん。まあ、無理もない。あれだけ楽しみにしていたアトラクションを乗る直前に『諦めろ』と言われれば、誰だって肩を落とすだろう。 「そうですか。それなら仕方ありませんね。でも……そういうのは、乗る直前じゃなくて事前に知らせといた方が良いって、管理者の人に言っといてください。パンフレットにもそういう記載一切無かったんで、そのルール知らなかったんですよ。そういう規則とかはちゃんと書くべきですし、伝えとくべきだって言っといてください」  遊園地サイドの落ち度に若干の苛立ちを感じつつも、悪いのはバイトの係員さんではなく運営側。俺は軽く意見を言う程度に留め、「頭を上げてください」と彼女に告げた。文句はあるが、ネチネチ粘着して運行を妨害するほど、俺は害悪クレーマーではない。  だが、しかし。それはそれとして、芦屋さんの笑顔を曇らせる原因の一端が彼女にあったのも、また事実。 「あー、それと、もうひとつ」  ──と、いうわけで。芦屋さんの名誉のため、最後にコレだけは言わせてもらうとしよう。 「彼女はお子様じゃありません。立派な大人ですよ」 ◆ 「そ、その……ごめんなさいです、岩崎さん。私のせいで無駄足を踏むことになっちゃって」 「いやいや、芦屋さんは謝る必要ないよ。アレはどう考えても身長制限を伝えてなかった遊園地側が悪いから」  デッドコースターから退散し、一時休憩のために2人並んでベンチに腰掛ける。どうやら芦屋さんはこちらの予想以上に木製コースターを楽しみにしていたらしく、入園直後とは打って変わって、現在はテンションがドン底状態だ。 「はあ……やっぱり私って、子供に見えちゃうんでしょうか……?」 「あー、もしかして、係員さんからお子様って言われたこと思い出してる? あれは別に気にする必要無いと思うよ。芦屋さんのことを知らないから勘違いしちゃっただけだろうし」  先ほど係員に向けて偉そうに訂正をブッコんだはいいものの、かく言う俺も最初は芦屋さんのことを子供だと思っていた。初対面ならば仕方のない勘違いだろう。 「いや、私はお子様なんだと思います。見た目だけじゃなくて……多分、中身も。だって、楽しみにしていたアトラクションに乗れなかっただけで、こんなに落ち込んでいるんですから。大人だったら、きっとすぐに切り替えて別のアトラクションに行ったりするんだと思います」 「別に、それも悪くないんじゃないかな?」  はぁ、とため息をつく彼女に向けて。俺は励ましと呼べるか定かではない言葉を告げてみた。 「? 岩崎さん? それはどういう……」 「あー、いや、なんていうかな。別に子供っぽいのも悪くないんじゃないかな、って。大人になるのが……大人ぶるのが、必ずしも良いとは限らないんじゃないかな、って。なんとなくだけど、そう思ってさ」  歳を食えば、大人になる。色んなことが分かるようになって、自立する。知識やら常識やら良識やらを得て、ガキの時よりは幾分か博識になって、俺たちは大人になる。  一見、それは素晴らしいことのように思えるかもしれない。なんだか色々手に入った気がして、自由になったような気がするかもしれない。  ──しかし、実際はどうだろうか。 「大人になったら分かることが増えて、見えるものも増える。でも、見えるものが増えると、見たくないものまで目に入ってくる。目を逸らしたいことも、見なきゃいけなくなってくる……と、俺は思う」  余計なものが見えて、余計なものが分かるようになって、できることが増えて。けれど万能感があるわけではなく、何も知らないガキの頃の方が、今よりもなんでも出来るような気がしていたと思ってしまう。そんな皮肉を感じる大人は、俺だけだろうか。  ──得ることだけが成長ではなく、むしろ純朴な心を失うことで俺たちは大人になるのではないか、と。そう思ってしまうのは、あまりに俺がひねくれ過ぎているだろうか。 「多分俺は童心とか、無心で楽しむ気持ちとかが薄れちゃってるからさ。芦屋さんみたいに楽しむ時は全力で楽しんで、落ち込む時はめいっぱい落ち込むっていうのも、悪くないと思うんだよね。一緒にいて退屈しないし」  魔女かもしれない芦屋さんに対して抱くべき感情ではないかもしれないが、少女のように無垢な心を持ち合わせているのが彼女の魅力だと思う。本人は大人らしくありたいと願っているが、その幼さが残る性格は立派な長所だ。  はは、ホント。それが演技ではないことを祈るばかりだ。 「ふふ、岩崎さんはやっぱり優しいですね」  クスリと微笑みながら、芦屋さんが言う。 「んー、別にそうでもないと思うよ?」 「いいえ、岩崎さんは優しいです。個性が強い私たちのあるがままを受け入れてくれる優しさが、岩崎さんにはあります。疑うんじゃなくて、私たちを知ろうとしてくれる優しさが岩崎さんにはあるんです。それは多分、5人全員が感じていると思いますよ」 「そ、そっか。まあ、もしそうだったら嬉しいかな」  リップサービスの可能性もあるが、こうもストレートに褒められるとさすがに照れる。少しグッと来てしまった。 「岩崎さんとシェアハウスで会ったばかりの頃は、疑いの目を向けられてるなって感じることも多かったです。あはは、まあ、こんなルールだったら疑うのも当然だし、今この瞬間も疑われてておかしくないんですけど……でも、根拠は無いんですけど、最近はなんだか岩崎さんが真正面から私たち全員に向き合おうとしてくれてる気がして。今こうやって話してても、やっぱりそんな気がするんです」  穏やかな横顔で、どこか言葉を噛みしめるように彼女は語り続ける。 「そういう岩崎さんの変化って、多分岩崎さんが思うより私たちに伝わってるんですよ? だから……きっと岩崎さんと過ごすうちに、みんなの心も日に日に変わっていってるんです。岩崎さんだけじゃなくて、私たちも。みんな少しずつ、変わっている」  そう言ってベンチから立ち上がり、スカートをパンパンと叩いた芦屋さんを横目でチラリと見やると、彼女は驚くほどにまっすぐな目線を俺に向けていて。 「──あなたに会えて良かった、って。きっと全員がそう思ってるはずですよ」   なんて、いきなり大人びた可憐な笑みで言ってくるものだから。『そのギャップは反則じゃないか』と、懐からイエローカードを出したい気分になった。
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