第四章「First Flavor」

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 どうやら身長ドーピングは想像以上に効果があったらしい。 「岩崎さん! 岩崎さん!! 次はこっちです!!」 「どわっ、ちょっ! 芦屋さん、待って! 速い! 速いから!!」  靴を履き替えてからというものの、芦屋さんは俺の手をグイグイと引っ張りながら、何時間も園内のアトラクションを回りまくっている。入園時もそれなりにテンションは上がっていたようだが、現在の彼女はその比ではない。  というわけで、以下回想。 ◆ ~木製コースターにて~ 「あはははは! 速いです! 速いです!! コースターの木からミシって音が鳴ってるのもスリリングで面白いです!!」 「いや、それ鳴っちゃいけないタイプの音じゃね!?」  ~コーヒーカップにて~ 「待って! 待って芦屋さん! ハンドル回しすぎ! 速いから! 酔っちゃう! 酔っちゃうって!!」 「岩崎さんにはもっと私の魅力に酔ってほしいので、ドンドン回しますね!!」 「いや何言ってるか全然分かんないんだけど!? てか、マジでストップ! 吐いちゃう! 吐いちゃうから!!!」 ~ゴーカートにて~ 「さあ、岩崎さん勝負です! レディーゴー!!」 「ちょ、待って芦屋さん! 走る方向そっちじゃないから! 思いっきりコース逆走してるから!!」 「さあ、私につーづけー!!」 「お願いだから話聞いてくんない!?」 ◆    といった具合に、とにかく今日は暴走列車芦屋号に振り回されまくっていた。余計なことを考える隙が無かったという意味では純粋に俺も楽しかったものの、こちらのHPは既にガス欠寸前である。 「さあさあ岩崎さん! 早く次に行きましょう!!」  一方、芦屋さんは変わらぬハイテンションで俺の手を取り、ズンズンと歩みを進めている。割と長身の俺が瀕死手前だというのに、一体その小さな体のどこにそんな体力が残っているというのだろうか。  などと取るに足らない所感を抱きつつも、彼女の小さな手の柔らかさを堪能していた、その瞬間だった。 「痛っ……!」  苦悶の表情を浮かべつつ、突如として芦屋さんの足が止まる。彼女に引きずられる形で歩いていた俺の足も、必然的にその場で止まった。 「ど、どうしたの!? 大丈夫、芦屋さん!?」  唐突なハプニングに、驚きを隠せず声を掛ける。 「っ、だ、大丈夫です。なんともありません。ですから、気にしないで……痛っ!」 「全然大丈夫じゃないじゃん! とりあえずじっとしてて!」 「は、はい、分かりました……」  芦屋さんは左足に体重をかけるような体勢で、なんとかその場に立っている。状況から察するに、右足を痛めたと見て間違いないだろう。履き慣れていない靴であれだけ走りまわっていたのだから、仕方ないといえば仕方のないことなのかもしれない。 「す、すいません。ちょっと靴擦れしちゃったみたいです……」 「やっぱり靴が原因だったか。どう? 歩けそう?」 「ご、ごめんなさいです。痛くて、歩けないです……」  先ほどまでの疾走っぷりとは打って変わり、芦屋さんは涙目で俯きながら拳を握りしめる。到着後にテンションが上がり、身長制限でテンションが下がり、厚底シューズでまたテンションを上げ、ここに来て靴擦れでテンション急落。ある意味、この遊園地のどの絶叫マシンよりもこの娘がジェットコースターしている気がする。 「はは、謝らなくても大丈夫だって。芦屋さんは何も悪くないからさ」  とりあえず当たり障りのない言葉で、無難に慰めておく。  さて、歩けないなら仕方ない。名残惜しさはあるが、この遊園地デートもそろそろ締めに入らないといけないか。 「よっこらせっと」  これ以上の遊園地散策は不可能だと判断した俺は、そんな掛け声と共に体を半回転させて芦屋さんに背を見せた。言うまでもなく、動けない彼女をエスコートするためである。 「え、えっと、どうしたんですか、岩崎さん? 急に私に背中を向けて中腰になったりして……」 「いや、見ての通りだよ。芦屋さんが歩けないから俺がおぶって家まで歩くってことさ」  最後のアトラクションが俺の背中だというのは、少し物足りないかもしれないけどな。 ◆  軽すぎる彼女を背に乗せて、夕暮れ時の街中を歩く。  普段と変わらぬ都会の喧騒に意識を向けてみると、青春に(いそ)しむ制服中高生や、パンパンのエコバッグを武装した買い物帰りの主婦が目に入った。なぜだろう。今日を呑気に休んでいたのは自分たちだけだと実感した途端に、なんとなく場違いな気分になってくる。 「乗り心地はいかがですか?」  しかし、世間様が平日であろうと俺たち大学生は休日。周囲の一般ピーポーへの申し訳なさなどは特に感じることも無く、堂々と歩みを進めながら芦屋さんに声を掛ける。 「乗り心地は文句なしです! えっと、なんというか……岩崎さんの背中は大きくて、ほんのりあったかくて。眠くなっちゃうくらい、気持ちいいです」 「はは、それはちょっと過大評価じゃないかな」 「過大評価じゃないですよ。なんでも受け入れてくれそうな、大きな背中です」 「……まあ、確かに胴長気味ではあるけども」  どうでもいいが、俺と同じくらいの身長でモデルやってるヤツには無性に腹が立つ。足長すぎだろ、アイツら。180cmなのに相対的に胴が短すぎるだろ。身体の中で圧迫されている臓器に謝れ。 「もうっ、そういう物理的な意味じゃないですよ! ありのままを受け止めてくれそう、みたいな……そういう意味ですからっ!」  そう言って、怒り気味でポカポカと俺の背中を叩く芦屋さん。 「はは、いたい、いたい。ごめんって。冗談だって」 「むぅ、岩崎さんの意地悪……」 「ごめん、ごめん、拗ねないでよ」  え、なにこのかわいい生き物。もうこのまま一生背中で飼っときたい。 「そうです。岩崎さんは全部受け止めようとしてくれるんです。目に見えるものを全部、平等に受け入れようとしてくれるんです。だから、私は……私だけ見てくれない岩崎さんのことが大嫌いで、大好きなんです」  …………ん? 今、なんと? 「え? ちょっと待って、芦屋さん? 今のセリフ、ルール的にちょっと危なくない?」  5人は俺に告白してはいけない。魔女ハウスの大原則である。俺基準だと『大好き』は、かなり際どい。 「ん? どういう意味です?」 「あーいや、その、この前は『愛してるゲーム』だったからセーフだったけど……このタイミングで、そういうこと言うのは魔女ハウスのルール的にどうなのかな、みたいな」 「ふふっ、岩崎さんったら、おかしなことを言うんですね」  いや割と真っ当な気がするのだが。 「だって、考えてみてください? ここは魔女ハウスの外ですよ? 外に居るんだったら、ルールなんて関係ないと思いませんか?」 「それはちょっと強引過ぎない!?」  その主張が通ってしまうなら、海の家で告白祭りが起きていた可能性だって出てくる。場所を変えればOKというのは、やはり理に適っていない。 「でも、少なくとも今は大丈夫だと思いませんか? ここには、岩崎さんと私の二人きりです。私の言葉は岩崎さん以外、だーれも聞いていないですよ?」 「いや、周りに人いっぱい人が居るような……」    なんて言い返した、直後。 「ぐおっ!?」  背後から突然、ふぅっと右耳に息を吹きかけられた。 「ふふ、今私が『大好き』って言ったのも、岩崎さんがナイショにしていてくれれば、他の誰にも伝わらないです」  さらに身体を密着させ、耳元で甘く囁く彼女。 「ちょ! 芦屋さん!?」  体温を直に感じて、思わず足が止まる。その柔らかさに呼応するように、こちらの体温も加速的に上昇していく。 「あ、もしかして耳元弱いんですか? じゃあ、もっとやっちゃうです。ふぅーっ、ふぅーっ」 「ちょわっ!? ほ、ほんとやめて芦屋さん! お願いだから!!」 「えへへ、嫌でーす! ふぅー……ふぅー……」 「がはっ!?」  ヤバイ。コレは本当にヤバイ。見えないところでやられてる分、感覚がいつもより研ぎ澄まされててヤバイ。甘い匂いとか身体の感触とか感じながら、小声で囁かれてるのがヤバイ。このままだと公衆の面前で理性が飛びかねない。  なにか……なにか打開策を……!  ──と、頭を回すことコンマ数秒。 「えっと、とりあえずストップ芦屋さん! 一旦離れてくれ! 一つ聞きたいことがある!!」  俺は、どうにかこうにか彼女へのカウンターを思いつくことができた。 「え? 聞きたいこと? 一体なんなんです?」  して、その対抗策とは。 「ねぇ、もし芦屋さんが言うように外では魔女ハウスのルールが無視できるんだったら……今ここで俺が芦屋さんに告白すれば、罰金を払わずとも今すぐ君の正体を確認できることにならないかな?」  ──彼女の言葉を逆手にとった、告白返しである。 「魔女ハウスのルールは『女性陣からの告白禁止』、そして『俺が魔女に告白してしまったら、罰金1000万』だ。もしその2つのルールが家の外では適用されないっていうんだったら、俺は今ここで罰金というリスク無しで告白して君の正体を確認することができるってことにもなる。違うかな?」  ルールを無視しての魔女候補からの告白が許されるのなら、罰金というルールも無視できる。理屈は通っているはずだ。    はっはっは、完全に論破だな。コレで芦屋さんも大人しくなるに違いない── 「じゃあ、今から私に告白してみるですか?」 「……え?」  完全に想定外。なんとも簡単に、あしらわれてしまった。 「はい、どうぞ! 私はいつでも大歓迎です!」 「え、えっと……本当にいいの?」 「もちろんウェルカムです。私、岩崎さんのこと大好きですから」 「っ!」  この娘はまた、軽々しく大胆なセリフを……   「そ、その……罰金は関係ないってことで良いんだよね?」 「ふふ、それは告白してみれば全部わかることです!」 「くっ、な、なるほど……」  どうする。どうすればいい。  ──1回告白してみるか?   いや、ダメだ。まだリスクが大きい。『外ではルール無視』というのは、あくまで芦屋さんの主張。基本的にルールは覆らないと考えるべきだ。彼女がこの会話を録音している可能性もゼロではない。俺の告白を記録した音声が爺の手に渡れば、爺から1000万の支払いを命じられる可能性もある。  ──じゃあ、芦屋さんは魔女なのか?  いや、それを断定するのもまだ早い。もし芦屋さんが魔女なら『告白してみれば分かる』なんて言わずに、『罰金は関係ないですよ』とでも言って、俺を油断させればいい話だ。選択の余地など与えずに『罰金は関係ないから告白してください』と明言すればいい。そうすれば、まんまと騙された俺が甘いエサに飛びついて告白する可能性も出てくる。滅多に無い、賞金ゲットのチャンスとも言えるだろう。  それをやらないってことは、少なくとも現段階では1000万円を取りにいこうという強い意志が無いってことだ。金を求める気持ちが無いないのなら必然、芦屋さんが『あの子』だという可能性は消えていない。  そして、なにより。 「ごめん、芦屋さん。まだ俺自身、4人への気持ちがハッキリしていない部分が多いんだ。だから……正体を確かめるためだけに女の子に告白するってのは、やっぱり間違ってると思う」  ──そもそも俺は、好きかどうかも分からない女の子に告白できるような性格ではなかった。 「……」 「……」  告白キャンセルの後、両者数秒の沈黙。 「…………ふぅーっ」 「あひっ!?」  そして、なぜかまた息を吹きかけられた。 「ちょっと芦屋さん! さっき、それやめてって言ったばっかりだよね!?」 「……ふぅーんだ。意気地なしの岩崎さんが悪いんですよぉーだ」  拗ねたような声色の文句と、本日二度目の背中ポカポカ攻撃。痛くはないのだが、妙にくすぐったい。 「意気地なし……意気地なしか……確かに否定できないもな……」  というか、どちらかというと物理面より精神面でダメージを受けていた。  なんだろう。明るくて人懐っこい子から急に核心突いたこと言われると、妙に心を抉られる。自分がヘタレなのは重々理解しているが、改めて他人から言われると普通にクリティカルヒットだった。 「ふふ。なーんて、冗談ですよ。岩崎さんが告白しないっていうのも、まだ気持ちを決め切れていないっていうのもなんとなく分かってましたから。ちょっとからかってみただけです」 「いや、それは『ちょっと』とは言わないと思うんだけれども……」  俺にとっては死ぬほど頭を回すべき話だったのだが、彼女にとっては軽い冗談だったらしい。  まったく。軽々しくこういう駆け引きをしてくるのは本当にやめてほしい。神経がすり減って頭から摩擦熱が出そうになる。 「はぁ……じゃあ、結局さっきのは全部嘘だったってことなの?」 「もちろんです。魔女ハウスの外でルールが消えることはないです。執事さんが私たちの入居前に言ってたです」  俺だけその説明を聞いた記憶が一切ないのだが気のせいだろうか。 「まあ、私が言った『大好き』が告白なのか、というのは岩崎さんの判断次第ですけどね? 岩崎さんが執事さんに今日のことを伝えたら、ルール違反で私が追放されちゃうかもしれないです。執事さん基準で告白とみなされた時点でアウトですから。もし私が魔女だったら、岩崎さんの勝ちですね♪」 「でも……もし芦屋さんが魔女じゃなかったら──君が昔出会った女の子だったら、逆に追放してしまった時点で俺の負けになるよね?」  芦屋さんが“あの子”だった場合、追放されてしまえばシェアハウスに残るのは魔女4人だけになってしまう。『告白したら追放』というのは、5人全員に適用されるルールだ。そうなってしまう可能性もゼロではない。  正体を知らないまま追放するってのは、ある意味一番リスキーな行為だ。魔女ハウスが完全に魔女だけの家と化してしまえば、最後。俺は誰を選んでも罰金コースに突入してしまう。  ──ゲームオーバーの条件は『俺が魔女に告白すること』だけではない。『俺が“あの子”から告白されること』もまた、同じくゲームオーバー案件なのである。 【このルールは御曹司の言う“あの子”が『5人の中から自分を探し当ててほしい』と望まれ、そのご意見を参考にして作られたものですので悪しからず】  あの家に放り込まれた日に、爺から聞いた言葉。そして、『告白したら即追放』というルール。これは裏を返せば、『嘘でもいいから告白さえしてしまえば、俺の返事を聞かずとも5人は好きなタイミングで魔女ハウスから出ていける』とも解釈できる。  もし“あの子”が呆れたり、俺に失望したりしてしまうようなことがあれば……最悪の場合、彼女は正体を隠したまま嘘の告白をすることで、一方的に俺から離れていってしまうことも考えられる。  選ぶ相手を間違えてはいけない。けれどいつまでも先延ばしにしていたら、待てなくなった彼女が居なくなってしまうかもしれない。ならば必然、俺はなるべく早く決着をつけなければならない。  それが現時点で、俺が置かれている状況である。 「はあ……ほんっと、よくできたルールだよ」  もはや感心して溜息しか出ない。よくも俺だけのためにこんなルールを作ったものだ。 「えへへ、私はそんな風に悩んでる岩崎さんも大好きですよ?」 「あ、芦屋さん……2人きりだからって、そういうことを何回も軽々しく言うのはやめた方が……」 「ふふ、全然軽々しくなんかないですよ? 何回言っても足りないくらいに、私の想いがあふれ出しているだけです!!」 「なっ……!」  そして……2人きりという現在の状況を最大限に利用してルールを破る、正体不明の彼女。  ──その言動の真意は未だ分からずとも。今日、この駆け引き以降、俺は彼女のことを“子供っぽい”と思うことは一切なくなった。
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