第四章「First Flavor」

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 ──原宿。  東京都は渋谷区に位置する、日本で最もヤング&トレンディな街である。(ちまた)ではファッション流行発信の地とも呼ばれており、『原宿系ファッション』なる言葉もあるらしい。偏見コミコミになるが、端的に言うとウェーイな人種の巣窟である。原宿の若者100人を対象に『イ〇スタやってますか?』という街頭アンケートを取れば、9割超がイエスと答えるであろう。いつだって原宿は()えているのだ。エモい。あげぽよ。マジ卍。あざまる水産よいちょまる。 「よっし、大河っち! 今日は私と一緒にスイーツ食べ歩きツアーね!!」 「お、おう」  9月某日、お昼時。そんなヤバみがエグイ街の中心には1人、場違いな男が立っていた。言うまでもなく俺である。  本日はデートウィーク最終日。峯岸舞華と共にやってきたのは、リア充の聖地・竹下通りであった。周囲を見渡せば、平日であるにもかかわらず大勢のパリピでごった返している。彼らも俺らと同じく大学生だろうか。お互い人生の夏休みを満喫しているようで何よりである。 「じゃあ、早速レッツラゴー! 我に続きたまえ、大河っち!!」 「うぇ、うぇーい……」  クソみたいな応答を返しつつ、前方を指さして直進する舞華に並んで俺も歩みを進める。 「ん? どしたん、大河っち? なんか元気なくない?」 「……い、いや、別に? 元気がなくなくないわけではないぞ?」 「ややこしすぎて結局どっちか分かんないよ?」  美脚丸出しフリフリミニスカ、胸元ユルユルTシャツと、相変わらず防御力の低い服装の舞華。眉間に皺を寄せ、まん丸おめめでこちらを見つめる。  あー、なんというか、アレだ。別に元気が無いわけではないのだが、あまりにもキャピキャピな空気に胸焼けしそうになっているだけなのだ。一般御曹司Aの俺には、その”陽”の光は眩しすぎる。  しかし元はと言えば、『4人が行きたいところに連れていってくれ』と事前に頼んだのは俺の方。そう言ってしまった手前、舞華の望みでここに来たのなら、『場違い感がパない』などと文句を言うわけにはいかない。ここは黙って舞華に付いていくとしよう。 「にゃはは、やっぱ大河っちってこういう場所苦手?」  ──と思ったが、光の速さで胸の内がバレていた。 「い、いや、別に苦手というわけではないぞ? ここは甘い物を売っている店がたくさんあるからな。“甘”味が“苦”手なんて、おかしな話じゃないか。お菓子だけに」 「ごめん、ちょっと何言ってるか分かんない」  俺も自分で何言ってるのか分かんない。ぴえん。 「ねぇ、やっぱり苦手でしょ?」 「……そんなことはないぞ。さあ、先を急ごうじゃないか。俺たちの冒険はこれからだ」  正直に言っても多分舞華に気を遣わせるだけだからな。黙秘黙秘。 「ねぇねぇ、やっぱ苦手だよね?」 「違う」 「苦手でしょ?」 「いや全く全然」 「……本音を言うと?」 「こういう所で高い金払って、ちっっさい飲み物買うのとかバカバカしいと思ってる。つーか“タピる”ってなんなんだよ。写真撮ってアップする意味もよく分からん。あとタピオカって元々芋だぞ。キャッサバなんだぞ。芋をドリンクにブチ込んで腹に流し込んでるんだぞ。あんなの狂気だろ──」  …………あ。 「ご、ごめん、舞華! つい本音が! あー、いやでも、今のは完全に俺の偏見でだな! だから、つまり悪いのは凝り固まった考えを持つ俺なのであって……」  意志に反して勝手に動きまくった自分の口を無理やり封じ込め、慌てて舞華に謝罪する。客観的に見れば、今の俺は完全に性格の悪いイヤミ野郎だ。まあ事実、自分でも自分の性格は褒められたものではないと思っているが、それはそれとして謝りまくる。 「ぷっ、あはははは! やっぱり苦手だったんだね!! 思ってた通り! あはははは!!」  しかし舞華はそんな俺に腹を立てるでもなく、機嫌を損ねるわけでもなく。なぜか八重歯を見せながら、大爆笑するだけだった。 「そ、その……舞華? 怒ってないのか? 俺、結構ヤバいこと言った気がするんだけども」 「にゃはは、変な大河っち。なんで私が怒るのさ。私が私の意思でここに大河っちを連れてきたんだよ? 大河っちがどう思おうとも、それは大河っちの自由じゃん」 「いや、確かにそうかもしれないが……」 「それにさ。大河っちがこういうとこ苦手だろうなっていうのは、なんとなく分かってたよ。短い間とはいえ、一緒に生活してるんだもん。まだ君の全部は分からないけど、少しくらいは君のことを分かってるつもりだよ?」 「え、えっと……ありがとう?」  ここで不覚にも少し嬉しくなってしまっているあたり、やはり俺はチョロい。 「えへへ、どういたしまして。あー、でもタピオカブームって、割と既に終わってる感あるからね? 今も旬だと思ってるんなら、それは大河っちが時代遅れ」 「え、そうなの? みんなタピってバえってウェーイじゃないの?」 「……あー、うん。なんだろ。前から思ってたけど大河っちって、たまーに先入観すごい時あるよね。最初も私たち全員に分かりやすいくらい疑いの視線向けてたし。いや、別にディスってるわけじゃないんだけどね?」 「案ずるな、舞華。自分の性格の悪さは自分が一番分かっている。もちろん先入観で凝り固まるのは良くないと思っているが、なぜか思想と思考が一致しなくてな。なかなかどうして偏見が消えてくれない」 「にゃはは、だいじょぶだいじょぶ。偏見くらい私も持ってるし、多分私の方が大河っちより性格悪いから」 「ふむふむ。じゃあ、そんな性格が悪い舞華は魔女って認識でよろしいか?」 「さあ? それはどうだろうね?」  ニッシッシ、と悪戯に笑いながら華麗に正体を濁す舞華。さすがにこの程度の問答ではボロを出さないか。 「まあ、つまりはさ。私はあえて君が来たくないであろう場所に、君を連れてきたわけ。だから無理して私に気を遣わなくてもいいし、苦手意識を隠さなくてもいいんだぞ?」 「……じゃあ、どうしてわざわざ俺をこんなところに連れてきたんだ?」  一応今日はデートという名目になっている。ある程度楽しむことも必要だろうし、俺が行きたくないような場所に、意図的に俺を連れてくる理由が見当たらない。嫌がらせをしたいわけでもあるまいし、そこまでして原宿に来た動機が分からない。 「どうして、かぁ。それは……多分私が大河っちに影響されたからかも」 「え? それは一体どういう……」  それは率直な疑問だった。俺はまだこの娘に影響を与えるほど長い時間を過ごしたわけでもなければ、濃密な思い出を作ったわけでもない。せいぜい、勉強を教えてやったくらいのものだろう。  だが、しかし。彼女は俺の困惑などお構いなしと言わんばかりに囁くのだ。 「──私も君に教えてあげたくなったんだよ。自分で“嫌いだ”って決めつけてたことでも、実際に触れてみると案外悪くないよ、ってさ」  言葉の意味を咀嚼できたわけではないし、その意図を理解したわけでもないけれど。朝顔のように清々しく笑う彼女の横顔を見ていると、それが偽りのない本音だということだけは、不思議と確信できた。
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