第四章「First Flavor」

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 謎の快感に病みつきになり、結局3回も大福糸カットを実行した岩崎。店を出ても未だ口内にほんのりと残る甘味を感じつつ、舞華と共に街を歩く。 「にゃはは、それにしても大河っちったらバンバン大福切ってたよね。最初は『コレって意味あるのか?』とか『コレ高くないか?』とか言ってたのに。結局全部で1000円くらい使ってたっけ? もったいないとか思わなかった?」 「経験と思い出はプライスレスだからな。俺はその辺のボンボンと違って金をジャブジャブ使うような感覚は持ち合わせていないが、その場でしか経験できないようなことには惜しまず金を使うのだよ。故に、俺はあの店の大福3個に1000円使ったというのは後悔してない。もったいないとも思っていない」 「うーん……なんか小難しいこと言ってるように聞こえるけど、要は思ったより楽しかったってこと? にゃはは、大河っちったら結構かわいいとこあるじゃないのー」 「おい。わざわざ遠回しの表現にしてたのに勝手に要約すんな。恥ずかしいだろ」 「ふふふ、かわいいかわいい!」 「おいやめろ。頭撫でようとするな」  美白細腕を突き上げ、俺の額に触れようとする舞華。しかし、身長差があるために彼女の腕はこちらに届かない。ふはは、俺をからかうつもりだったようだが残念だったな。 「ねぇ、大河っち。腕届かないからしゃがんで」 「いやなんでだよ!?」 「この溢れ出しそうな母性本能を満たすためだよ!」 「なんで自分よりデカい男に母性感じてんだよ!」 「ママより大きい息子なんて世界中にいっぱいいるじゃないの!!」 「い、いきなりなんだってんだよ……」  なぜか突発性母性本能に目覚めた様子の舞華ママ。どうしても頭を撫でたいらしく、俺の前に立ちはだかって通せんぼうをしている。相変わらずこの娘の嗜好と思考はイマイチ理解できない。 「シットダウンだよ。大河っち」 「断る。お前みたいなハイスペック女子とそんなことしてたら、周りの男から嫉妬の目を向けれられそうで怖い」  シットダウンしたら、たぶん原宿が嫉妬タウンになる。 「……ふっふっふ。分かったよ、大河っち。そこまで言うんなら、こっちにも考えがあるんだからね!!」  ビシッと俺の顔を指差し、なぜかドヤ顔を決める舞華。正直この娘が何をしたいのか、俺には皆目見当がつかない。 「大河っちが腰を下ろさなくても私が腕の位置を高くすれば、頭を撫でることはできるのさ! そう! つまりは私がジャンプして君の頭に触れればいいということだよ!! にゃはは、私って天才!!」 「なっ!?」  驚いたのも束の間。気づいた時には『てやっ!!』という掛け声と共に眼前の舞華が派手に跳躍を決めていた── 「あいたっ!!」  ──というわけではなく。ジャンプ直後にバランスを崩した彼女は、思いっきり前傾姿勢で俺に突進。 「ふぼっ!」  結果、体勢を崩した舞華を俺が受け止めるという形になり……気づけば『抱きしめ合っている男女』という構図が完成してしまっていた。 「……にゃ、にゃはは、ナイスキャッチ。大河っち」  腕の中からピョコリと顔を出し、羞恥で顔を真っ赤に染めて声を震わせながら俺を見上げる舞華。 「あ、大河っちドキドキしてる」 「……当たり前だろ。つーか胸に耳当てるのやめろ。頼むから早く離れてくれ」  シャンプーやら柔軟剤やら香水の香りが混ざりあって嗅覚を刺激してくるので本当にさっさと離れてほしい。見た目細いのに触れ合ってみると意外と柔らかいんだなーとか考えてしまうので本当にさっさと離れてほしい。ショートカットの茶髪がサラサラ揺れててなんか気になるので本当にさっさと離れてほしい。舞華の心音も普通に聞こえるくらい密着してしまっているので本当にさっさと離れてほしい。 「……ご、ごめんね。今、離れるから」  そして数秒間俺の爆音鼓動を聞いた後、舞華はササッと3歩ほど後ろに退いた。 「あ、あはは、ごめんね大河っち! 実は私、運動神経悪くってさ!! なにも無いところでコケて……大河っちにダイブしちゃった……」  右手を後頭部に当て、「にゃはは……」と気まずそうに笑う舞華。 「い、いや、別に気にしてないって。うん、むしろ役得だったし謝らなくてもいいぞ」  気にしていないというのは、もちろん嘘である。それはもう鮮明に、さっきの感触が脳裏に残っている。めちゃくちゃ変に意識してしまっている。本当にコケただけならまだいいのだが、もし意図的に胸に飛び込んできて俺のハートブレイクを狙っていたんだったとしたら、この娘は魔女の中でも相当やり手な部類ということになるだろう。あー、怖い怖い。  つーか── 「ちょっと何よ、あのカップル……」 「昼間っから見せつけてんのかチクショウ……」 「あんな可愛い娘と……羨ましい……」 「爆発すればいいのに……」  ──シットダウンしなくても嫉妬タウンになるのかよ。
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