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【でも……魔女たちが皆悪意だけで動いているってわけではないと思いますよ?】
──この同居生活において、魔女が不純ではない動機を持つと語る者。
【ずっと今のままだったら、そのうち大河くんが壊れちゃうよ。だから私は、できれば早いうちに選んでほしいと思ってる。それが大河くんにとって、一番だと思うから】
──いずれ選択すべき回答を、時期尚早に急かす者。
【じゃあ、今から私に告白してみるですか?】
──冗談交じりでありながらも、ルール破りスレスレな駆け引きを仕掛けてくる者。
【ニセモノがホンモノより輝いて見えることがあるかもしれないし、ホンモノが錆びついているように見えることだってあるかもしれない。そうなったら、大河っちはどうする?】
──これまで考えもしなかった可能性を提示し、こちらの心理を揺さぶる者。
この4日間で俺は魔女候補たちと密接に関わり、四者四様の気持ちや考えを知った。4人にはそれぞれ別の思惑があり、これからも1人1人と深く向き合っていく必要があると実感した。普通に生活していれば聞けないような言葉を聞けたし、得るものは多かったように思う。そういう意味では、今回の『デートウィーク』は大いに意義があったといえるだろう。
だが、しかし。
「結局正体に近づけてないのは変わってないんだよな……」
前進したは良いものの。未だにゴールが見えていないというのもまた、事実だった。
「まあ、そんなに焦る必要も無いんじゃないの? まだ卒業までは時間あるんだし。アタシとしては、この快適無料漫画喫茶生活が続くのも別に嫌じゃないし」
「人の部屋を漫喫扱いするのやめてね」
夏休み最終日。安定の、金髪ギャルinマイルーム。見慣れ過ぎていて忘れそうになってしまうが、よくよく考えずとも異常な光景である。当初は露出された胸やら脚やらがチラチラ目に入ってきて落ち着かなかったのだが、最近は『遊びに来た友達が部屋に居る』程度の感覚になってしまった。
いやはや、慣れとは恐ろしいものだ。この世で2番目に恐ろしい。ちなみに1番恐ろしいのは、言うまでもなく魔女である。
「つーか、多分お前が思ってるより漫喫を満喫できる時間って長くないぞ? まだ正体掴むところまではたどり着いてないてないけど、4人とも現状に満足してる感じじゃなかったからな。あくまで俺の勘だが、このシェアハウスはそう長く続かないと思うぞ」
個人差はあれど、4人は変化を求めているように、少なくとも俺は感じた。千春さんに至っては『早く選んでほしい』と直接口に出していた。彼女たちがダラダラとこの生活を続ける気が無いというのは、まず間違いないだろう。
「…………ふーん、そうなんだ」
「ん? なんか急に声が小さくなったな。どうした相棒」
「いや、別になんでも」
「あ、お前、もしかして……シェアハウス終わるのが寂しいとか思ってる?」
「っ! べ、別にそんなんじゃないし……!」
なんだ、図星か。顔が真っ赤じゃないか。意外と可愛いところもあるのな。
「はっはっは、そう無理に否定しなさんな。なんだかんだでリサと居る時間が1番長いし、そろそろ俺もお前の性格を把握してきたところだ。お前は口が悪くて強情に見えるが、中身は繊細な寂しがり屋なんだよ。だからシェアハウスが続くのは別に悪いと思ってないし、むしろ続いてほしいと思ってるくらいなんだろ? なあ、そうなんだろ──」
「う、うるさい! そろそろ黙れ、バカ大河!!」
「ふぼっ」
瞬間。さして痛くもないクッションアタックが俺の顔面にヒットした。先ほどまでリサの下敷きになっていたからなのだろうか。まだクッションがほんのり温かい。
「そ、そろそろ夕飯の時間でしょ! バカなことばっか言ってないで、さっさと一階に降りるぞ! このアホ大河!!」
そう言って勢いよく漫画を閉じ、慌てて本棚に戻そうとするリサ。
「いたい!!」
少し訂正。慌てて立ち上がった拍子に、何もないところでズッコケるリサ。
「いたたたた……」
「……なにやってんだ、お前」
「み、見ればわかるでしょ! コケたのよ!!」
うっそだろ、オイ。開き直ったよ、この子。それも涙目で。
「……お前、ドジっ子キャラだったっけ?」
「違うし! 多分……違うし……」
「自信無くなってるじゃねぇか」
「だ、黙れ童貞! そんなんだから大河は童貞なんだよ!!」
「え? 今の会話のどこに俺の貞操が関係あったのか3行以内で説明してもらっていい?」
なんだろう。口の悪さと浴びせられている言葉は普段と変わっていないのだが、いつものようなキレが無い。今のリサから何を言われても、平然と受け流せてしまう自分が居る。
つーか、リサってこんなヤツだったっけ。もっとこう、トゲトゲしてなかったっけ。こんな、ポンコツのスッテンコロリンのスットコドッコイだったっけ。
「よし。メシの時間だし、下に降りるか。ほら行くぞ、ドジっ子ギャル」
「変なあだ名つけんなし!!」
◆
リビングの扉を開けて真っ先に目に入ってきたのは、沙耶の手料理ではなく、くつろいでいる美女たちでもなく。
「えっと……これは何事で?」
どういうわけか食卓の上で山積みになっている、大量の缶チューハイだった。
「あ、それはさっき大河くん宛に執事さんから届いたお酒だよ。『夏休みも終わることですし、皆さまでどうぞ』だって」
首を傾げている俺を気にかけたのか、千春さんがスタリとソファーから立ち上がって事情説明する。
「あー、なるほど。そういうことね」
金はあるんだからもう少し良い酒を用意してくれても良いのに。と一瞬思いかけたが、今後の生活を考えれば、気軽に飲める缶チューハイのストックがある方が良いかもしれない、とも思える。これもおそらく爺なりの気遣いだろう。願わくば、少しはその気遣いを俺に向けてもらいたいものである。
「そして! 缶の軍勢をテーブルの上に山積みにしたのは私と凪沙っちだよ!!」
「ブイ! です!!」
「もうっ! 飲み物で遊ぶんじゃありません!!」
一方、食卓に目を戻すと、そこには満面の笑顔でピースサインを向けてくる舞華と芦屋さんの姿があった。すぐ近くのキッチンには、沙耶も居る。エプロン姿で2人を叱っている様子は、もう完全に世話焼きお姉さんにしか見えない。
「ほらほら、2人とも。沙耶が困ってるから酒はとりあえず冷蔵庫に入れなよ」
わんぱく2人組に加勢して沙耶を困らせるわけにもいかないので、常識的に注意を促す。
「え? なに言ってんの、大河っち? どうせ今日全部飲むんだし、別に出しっぱでもよくない?」
「ですです。冷蔵庫に入れたら、また出すのが大変です」
そんな俺をキョトンとして見つめてくる、控えめバストコンビ。
「つーか、え? コレ、今日全部飲むの? 結構な量だと思うんだけど……」
「ノンノンノン。大河っち? 今日は夏休み最後の晩餐なんだよ? 皆でパーッと盛り上がってグビーっと飲んじゃったら、これくらいの量のチューハイなんてあっという間になくなっちゃうって」
「ですです。これくらい余裕のよっちゃんです」
「いやいや、明日から授業始まるんだぞ? そんな宴みたいなこと……」
酔い潰れて寝坊するのは勘弁だし、二日酔いで授業受けるのも御免だ。明日は一限から授業がビッシリ詰まっている。
「アタシは別に良いけどね。明日は授業昼からだし」
なぁ、相棒よ。俺と意見食い違うのが早すぎやしないか。少しは俺と足並みを揃える意思を見せてくれてもいいんじゃないのか。
「私も明日は午後からなので大丈夫です!」
「お、私もだよ! 沙耶っちと千春っちはどう?」
「あ、私もお昼からなので大丈夫ですよ」
「私は明日授業無いから全然OKだね」
「…………マジか」
いや、なんでだよ。おかしいだろ。皆大学生のはずだよな? 沙耶に至っては大学も俺と一緒だよな? なんで6人も居て俺だけ一限なんだよ。それでいいのか、大学教育。もっと5人にも高等教育を享受させるべきだろう。
でも、まあ……1対5なら、無理に俺の都合ばかり通すわけにもいかないか。
「よし、分かった。しばらく遊べる機会も無いだろうし、今日は6人で飲み会にするか。ただし、飲酒量は無理が無い程度に抑えること。いいな?」
「いぇい! これで大河っちも宴参加決定ね!!」
日本は民主主義国家。多少自分の都合が悪かろうとも、ここは多数決原理に従わねばなるまい。歪な形ではあるが、ここは可愛い女の子たちと飲めるということでポジティブに捉えるとしよう。
それに今日は、同窓会で俺に酒を飲ませまくってきた“ヤツ”が居るわけでもない。彼女たちと晩酌する程度なら、あの時のように記憶を飛ばして酔い潰れることはないだろう。ゆっくりしっぽり、酒を楽しむとしよう。
◆
そして、三時間後。
「うぇっへへーい!! 岩崎、いっきまぁーす!!!」
「にゃははは!! いいぞー大河っちー!!!」
「飲みっぷりが男らしいです!!」
──気づけば俺は、テーブルを囲う女の子たちの視線を浴びながら酒を飲みまくっていた。
皆で平和に飯を食っていた時までは良かったのだが、夕飯後に6人で“ゲーム”を始めた途端にコレである。もちろんゲームとは普通のゲームなんかではなく、“負けた人が一杯酒を飲む”というデスマッチだ。
何よりこの5人、俺の想定を遥かに上回るレベルでゲームに強いし酒にも強かった。おかげでゲームの負けが込み、そこまで酒にも強くない俺は既に泥酔寸前。想定外も良いところである。
──が、一方で。彼女たちが酔っていないかと聞かれれば、別にそういうわけでもない。
「ふっふふー! リサちゃんは可愛いねぇ~! よしよしよし!!」
「なっ! や、やめろって姉貴!!」
さっきから沙耶はちょくちょくリサに抱き着いて頭を撫でているし、リサはリサで謎に沙耶を実の姉だと勘違いしているし。
「メガネが本体、ち・は・る!! あ、ソーレ! メガネが本体、ち・は・る!!」
「ちがうもん! ボクの本体はボクだもん!! メガネは付属品だもん!!」
舞華は千春さんのメガネを取り上げて謎の歌を披露しているし、千春さんは千春さんでなぜかボクっ娘化しているし。
「セクシー・ビーム! セクシー・ビーム!! セクシ・ビーム!!!」
芦屋さんはなぜかウル〇ラマンビームのポーズを取りながら、「セクシービーム」と叫び続けている。
「はーい、みんなー! 次のゲームやるよー!!」
「「「「いぇーい!!」」」」
そして何よりも謎なのは、舞華が一度声を掛けると何事も無かったかのようにゲームが再開されることである。カオスな状況が急転し、普通に次のゲームが始まるのだ。
「じゃじゃーん! 次のゲームはコレ! ランダムルーレットでーす!!」
スマホを掲げ、舞華が高らかに宣言する。
「ルールは簡単! 今持ってる私のスマホに『指令ボタン』っていうのが表示されてるから、それを押した後に表示された指令に従うだけだよ!!」
おい、待て。ルーレット要素どこ行った。
「指令はランダムだから何出るか分かんないんだって! 結構エグいのも出る?みたい! よーし、とりあえずやってみよー!! はい、大河っちからね!!」
「ちょ、ちょっと待て舞華……周り見てみろ……どう見ても今一番潰れそうなの俺だろ……だから俺は後回しに……うっぷ、気持ち悪い……」
「にゃはは、だいじょぶだいじょぶ。このゲームは今までと違って対戦形式じゃないから大河っちが負けることはないし、ピンポイントで『酒を飲め』って指示でも出ない限り、大河っちが飲むことも無いから。ね? 大丈夫そうでしょ?」
「ま、まあ、言われてみれば……」
要はスマホから出る無茶ぶりに従って、全員でそれを楽しむ、みたいな感じか。確かにそれならアルコールを摂取する可能性は低そうだ。
よし。ならサクッと押して、さっさと終わらせてしまおう。
「はい、どーぞ」
「OK、ポチッとな」
そして俺は、舞華から手渡されたスマホ内の『指令ボタン』をタップした。
「どれどれ、結果は……?」
──瞬間。画面を覗き込んで以下の表示を目にした俺の胸中には、初めて魔女ハウスで目覚めた時と同じような絶望が舞い降りていた。
【指令:タップした者は卓上の酒を全部干す】
◆
「……やっべ、あの後のこと全然覚えてねぇ」
頭の鈍痛と嘔吐感を感じつつ、硬い板間の床上で俺の意識は再覚醒。
「つーか、暗いな……」
起き上がって辺りを見渡そうと試みたが、真っ暗で何も見えない。なるほど。まだ夜明けを迎えたわけではないらしい。
耳を澄ませると、彼女たちの寝息が聞こえてくる。状況から察するに、酔って眠気の限界を迎えた彼女たちがリビングで散り散りに雑魚寝している、といったところだろう。どうりで電気が消えて真っ暗なわけだ。
「うっ、まだちょっとクラクラする……」
自室に戻るべく立ち上がろうとしてみたが、意識が朦朧としていて動けない。下手に動けば吐き気まで襲ってきそうだ。
「仕方ない。今日はこのまま床で寝るか……」
身体が痛くなるかもしれないが、やむを得ない。朝まで板間に横になるとしよう。無理して動くのは良くない。
と、俺はリビングからの撤退を諦めて床に寝転がったのだが──
「ん? なんか腕が引っ張られてる?」
突如として右腕に感じた違和感により、閉じかけていた目を再び開けることとなった。
「……誰?」
未だ暗闇に目が慣れぬ中、俺の腕を掴んでいるであろう人物に問いかける。
「……」
「……」
「え、えっと……誰?」
「……」
まさかのガン無視である。
「あ、もしかして俺を引きづってソファとかに移動させようとしてくれてる?」
「……」
「な、なるほど、そういうわけでもないかぁ」
どういうわけか、俺の腕を掴んだまま無言で固まる彼女。正直、何もしないなら腕を離してほしい。腕をフニフニ触られたままでは睡眠など到底できない。
「あ、えっと……とりあえず手離してもらっていいかな? ごめんね。俺明日一限だから少しでも寝ておきたいんだよ」
「……」
相変わらず無言のまま。しかし言葉自体は伝わったようで、彼女は乱暴にならないようにゆっくりと手を離してくれた。
「ありがとう。じゃあ、俺はこのまま少し寝るね。おやすみ」
──この瞬間。
無言の彼女が無言を貫いたまま、俺の最後の言葉を聞き届けた瞬間。
きっと俺はこの瞬間にあと少し、ほんの少しでも彼女のことを考えるべきだった。多少酔っていて身体がダルくても、なぜ彼女が一貫して言葉を発していなかったのか、俺は考えるべきだったのだ。
そして、この時。俺は強引になってでも、無言の彼女の正体を突き止めておくべきだった。
──なぜなら。
「ねぇ」
「……ん? 今、何か言って──」
「気づけ、バカ」
「っ!?」
暗闇の中で、あまりに突然奪われた、その衝撃を。
口内に広がる、果実とアルコールが交じり合ったような、その香味を。
初めて互いの唇同士が触れ合った、その柔らかな感触を。
──俺は生涯、忘れられないことになるのだから。
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