第五章「わたしのホンモノ」

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「はっはっは、バレちゃっては仕方ない。ああ、そうさ。ボクは全部知っていたよ」   あっけらかんと言うと、シオンは朗々と語り始めた。 「岩崎家からボクに出た指示は、二つ。大河くんを泥酔させること。そして、大河くんを魔女ハウスに連れていくこと。これは岩崎家の使用人として、お家から出た命令だ。だから、ボクに断る権利は無かったわけさ」  ラーメンをふぅふぅと冷ましつつ、あっさりと真相を告げやがるシオン。申し訳なさなど、微塵も垣間見えない。 「ね? だから許してよ? ね? 大河くんなら怒らずにボクを許してくれるよね? ね? ね?」 「ああ、もう、うるせぇな。別に怒っちゃいねぇよ。名ばかりとはいえ、お前は俺の付き人だ。岩崎家がお前を利用するのも当然だろうさ」  その行為を許す気は無いが、シオン本人は悪くない。怒る理由は無いだろう。事実と感情を分けて考えるべきだ。 「さっすが御曹司! 昔からボクには優しいっ! そういうところが大好きだよっ!!」 「うるせぇな。こういう時だけ都合よく御曹司呼びすんじゃねぇよ。あと暑苦しいから離れろ」  身を乗り出して抱き着こうとするシオンを、両手で押し返す。  やたらと距離感が近いし、とても使用人とは思えない態度。10年以上変わっていないものだから、こういうやり取りも、もはや慣れたものだ。  まったく。男同士で、いかがなものかと思う。コイツの見た目が中性的じゃなかったら、周囲からはさぞ気持ち悪く思われることだろう。  でも、まあ。 「ほら、次の授業行くぞ。さっさと食器片づけてこい」 「あー、待ってよぉ! 置いてかないでってばー!!」  なんの下心もなく接してくれるシオンが居てくれたから。  俺も、多少はマトモな学生生活を送れているんだと思う。 ◆  『ただいま』と告げて、家に帰る。  そんな健全な帰宅を、不健全なシェアハウスにおいても俺は、欠かさず行ってきた。  理由は特に無い。相手が誰であれ挨拶は大事だという、ささやかな俺の矜持である。 「おっす! おかえり! 大河っち!!」 「おう、ただいま……って、あれ? 皆は? まだ帰ってきてないのか?」  リビングに佇んでいるのは、俺と舞華のみ。心なしか、部屋がいつもより広く感じる。 「うん、今いるのは私と大河っちだけだよ。えへへ、二人きりだね?」 「……ああ、そうだな」 「あれあれ? いつもならキョドりそうなところのに、大河っちがキョドってない」 「はっはっは。人間とは日々成長するものなのだよ、舞華くん。こんだけ一緒に暮らしてれば、誘惑耐性くらいはつく」 「へぇー。ふぅーん。そうなんだぁ」 「む、なんだ。その不服そうな症状は──」  と、問いかけた瞬間。 「──これでも、まだ耐えてられるかな?」  何の前触れもなく、耳元に息を吹きかけられた。 「なっ……!」  反射的に、彼女と距離を取る。 「あはは! やっぱ大河っちっておもしろーい! まだ全然耐性ついてないじゃーん!!」」 「う、うるせぇ……」  ケタケタと笑う彼女に、負け惜しみのような恨み言を告げる。  別に、耐性がついてないというわけではないのだ。事実、俺は5人とフランクに話せるようになったし、多少は鼓動が速まる頻度も減ってきている。  だが── 【気づけ、バカ】  あの唇の、柔らかな感触が。どうにもこうにも忘れられない。アレの犯人が誰だったのかも分からない。  高揚。疑心暗鬼。変化した状況が、俺の心を落ち着かせてくれないのである。  今だって、無意識に舞華の艶やかな口元に目が行ってしまう。  ──もし、あの時。俺の唇に触れたのが、彼女だったのなら。  そんな、考えたってどうしようもない“もしも”を。俺は考えずには居られない。 「よーっし、面白い大河っちを見られたことだし、そろそろ部屋戻ろっと!」 「お、おう。俺もそうすっかな……」  ──だから鼓動は、高鳴り続ける。
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