第五章「わたしのホンモノ」

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 夕焼け差し込む、シェアハウス。リビングには若い男女が二人きり。  客観的に見ればロマンチックこの上ない状況ではあるが、現実はそう甘くない。『意識しまい』と己に言い聞かせていても“金目当て”の四文字はチラつく。やはり多少は鼓動が高鳴りはするものの、純粋に甘酸っぱい想いを経験することはやはりできないだろう、と。  口を噤んでTVを眺める舞華の横顔を見やりつつ。いつものようにセンチメンタルになっている俺であった。 「はぁ……うーん……」  が、相反して彼女の様子は少し、いつもと違うように見えた。 「どうした、舞華? 何か悩み事か?」  ありきたりな問いかけではあるが、一応声を掛けてみる。 「ん? ああ、うん。ちょっとね」 「あ。もしかして、また勉強で悩んでたりするのか? 俺でよければ、また相談に乗るぞ?」 「えっ? あ、いやっ! 全然大丈夫っ! 個人的に、ちょっとアレなだけで! 全然大したことないから!!」  ブンブンと手を振って「だいじょぶ!だいじょぶ!」と、はぐらかす舞華。 「お、おう。そうか。なら、まあいいんだが」  と、そんな彼女の様子にどこか引っかかりを覚えたものの。ここは首を突っ込まないでおくことにした。  勉強の悩みなら以前のように解決できるが、生憎、俺には学力以外に誇れる武器が無い。深刻な悩みなら力になる努力をするが、本人が大丈夫と言うのなら、大丈夫なのだろう。  あまり干渉しても迷惑になる。しばらくは舞華を気にかけつつ、様子を見るとしよう。 ◆ 「ねぇアンタ、舞華から何か聞いてない?」  夕食、入浴を終えて、就寝直前。部屋に戻ろうとドアに手を掛けると、隣の部屋のギャルから声を掛けられた。 「ん? 舞華? ああ。少し様子がおかしかった気がするから、声は掛けてみたが……それがどうかしたのか?」 「あー、いや、アタシもちょっと様子が変だなーって思ってさ。それで? 声かけた時の反応はどうだった?」 「反応? とりあえずは大丈夫って言ってたから、それ以上は詮索しなかったが」 「……はぁ。なにやってんの、大河。そんなんだから大河は大河なんだよ」 「え、なんなの、急に。あと俺の名前を蔑称みたいに扱うのやめてくんない?」  なぜか俺にジト目を向けて、呆れた様子のリサ。  まったく。急になんだってんだ。 「いい、大河? よく考えてみて? 魔女であれ、そうでなかれ、4人は何かを隠しながら生活してんのよ? つまり、本性はなるべく見せないようにしてるってわけ。そんな中、舞華が急に変な感じになっちゃってんだよ? アンタはそれ見てなんとも思わないわけ?」 「あ、そ、それは……」  ごもっとも過ぎて、ぐうの音も出なかった。 「あのね、女の言う『大丈夫』は大丈夫じゃない時がほとんどなの。でも、なかなか本音は言えないから『大丈夫』って言うしかないの。つまり、結論。舞華は何かしら抱えてる可能性が高い。理解OK?」 「お、おうけい……」  指を差してくる不遜なギャルに対し、ただただ頭を垂れる。  とりあえず様子を見ればいいだろうと悠長に構えていたが、リサから見れば、事態はそれなりに急を要す可能性もあるとのことらしい。  深く考えずに現状維持を決め込もうとしていたが、なるほど。大丈夫じゃない時も「大丈夫」と言ってしまう、か。なかなかありそうな感情で、しかし、俺には思い当たらない感情だった。  だから、なのだろうか。 「お前、何気に良いヤツだよな」  普段はぶっきらぼうに見える彼女が、今はやけに優しく見えた。 「な、なによ、急に!?」 「いや、なんだかんだでお前も皆のこと考えてんだなって思ってさ。魔女だって自分から言った時は正直どうなるかと思っていたが、上手くやれているようで何よりだ」 「なっ、ほ、ほんと……なんなのよ、いきなり……」  何気なく掛けた言葉ではあったが、彼女にとってはどうも予想外だったようだ。ほんのりと頬を朱に染め、驚いたようにこちらを見やる。 「んじゃ、そろそろ寝るか。貴重な意見サンキューな。おやすみ、相棒」 「ふ、ふん! ど、どういたしまして! おやすみ!!」  なぜか怒ったような様子で言うと、リサはバタンと勢いよく扉を閉め、部屋に入っていってしまった。 「……はは、ホント。みんなも、アイツくらい分かりやすけりゃいいんだけどな」  その不可解な態度に、言いようのない安心感を覚えつつ。チラリと窓辺に目をやると、そこには、微かに雲掛かった半月が輝いていた。
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