あかつきに兎が跳ぶ

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 海が近づくと田畑の風景から工場や造船所、巨大なクレーンへと姿を変えた。対向車はまばらで、まだ半分寝ている頭で助手席から外を眺める。 「寒い? 陽が昇るともっと気温が上がると思う」  常盤さんは横目で私を見た。 「いいえ、寒くないです。下に着込んでます」 「……ガソリンスタンドは外の仕事だもんね」 「バイトの時も下にホットインナー着てます」 「へぇ、じゃあ、これいらない? 前、ごめん」  ダッシュケースに腕が伸び、体が反射的に驚いた。中からカイロが出て来ると私の膝に乗った。 「良かったら、どうぞ」 「ありがとうございます」  持ち上げて、封を開ける。しゃかしゃか、と手の中で音が踊った。 「音楽、聴く?」 「はい」  軽快なイントロが流れ、掠れた英詞が流れ始めた。 「この曲、知ってる?」 「はい、聴いた事あります。エド・シーランですよね?」 「有名だよね。去年、来日したってニュースになってたな」 「あ、見ました」  千ちゃんが居たら、きっと行きたがっただろう。 「行きたかったんだけどね、チケットの抽選に外れた」 「倍率すごそうですね」 「……知ってるやつの名前をかたっぱしから借りて、応募したけどダメだった」 「そんなに好きなんですか?」 「まぁ、まだ悔しさを覚えているぐらいは好き、かな」  常盤さんは薄く笑って、ウインカーを点灯させた。 「もう、着くよ」  深緑のジープは「四ノ宮海岸公園」の駐車場に入った。
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