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待ち合わせたコンビニで降ろして貰い、トキさんにお礼を言った。
「またドライブに付き合ってね。キサちゃん」
「はい、また誘って下さい」
「……連絡するよ」
頭を軽く下げると、彼は薄く笑い、窓を閉めた。
車を見送って、アパートに向かう。もう行きほど、辺りは静かでも寒くもない。ランドセルを背負った小学生や自転車に乗った中学生が登校している。
ダウンジャケットのポケットに手を入れる。カイロが熱を放ち、太腿部分が熱い。
携帯の時刻は八時前。
ふと、顔を上げるとアパートの前に見知った顔が目に入った。薄紅色のルージュの乗った口。筋の通った鼻にすらりと伸びた手足。四十代女性らしく、落ち着いた薄茶色の服を身にまとっている。
「夏加さん……」
「朝早くから、どこに行ってたの?」
返事を渋っていると、夏加さんの顔が徐々に不機嫌に変化する。
「……連絡してから、来ようかと思ったんだけど、仕事前に直接顔を見て言った方がいいかと思ってね」
「……はい」
この人を前にするとなんだか萎縮してしまう。悪意を向けられている訳でも、嫌な事を言われた事もないのに、小さくなってしまった気がする。
「千里の七回忌は来月の六日に決まったから」
「はい、分かりました。ガソリンスタンドも書店も休みを取ります」
「……綺咲ちゃん、よろしく」
「……はい」
夏加さんは口角を軽く上げ、それとこれ、と言って、重さにピーンと張ったビニール袋を差し出した。受け取って中を覗くと白菜が入っていた。丸々一個。ずっしりと袋の持ち手が細くなり手に食い込む。
「ご近所の方に貰ったから」
「ありがとう」
「うん。……たまには帰って来なさいね。あなたの家だから。こんなに近いし、その、用事がなくても」
「はい、分かりました」
夏加さんは苦笑いを浮かべて、じゃあ、仕事があるから、と自宅の方向に向かった。
もう一度頭を軽く下げ、アパートの外階段を上った。部屋の鍵を取り出して、開ける。ポストには手紙が届いていた。
差出人は矢田初月。大切にそれを抱えて、1DKの廊下続きのキッチンに白菜の入ったビニール袋を置いた。
手紙を開封し、便箋を取り出す。
内容はいつもの近況報告で、仕事が残業続きで大変であり、施設長と時々食事会をしていることなど、彼女がなんの問題もなく日常を送っているということだった。
安堵の息を吐き、テレビの横のカレンダーをペラっとめくる。
十二月六日、千ちゃんの命日。
ボールペンで七回忌と書き込んで、携帯のスケジュールアプリに予定を入力する。
ペン立てに戻すと棚の上の写真の千ちゃんが私を見ていた。
上手な笑顔だ、とこの写真を見るたびに思う。陽に焼けた顔。肩を組まれた私はぎこちない笑顔。対照的で笑ってしまう。千ちゃんの両口角と頬は綺麗に上って、目尻は下がり、ピースサインをして白い歯が覗いている。目元は涼しげで、爽やか。明るい青年、そのもの。
「さっきね、トキさんって人と一緒にドライブに行ってきたんだよ。行き先は海だよ。千ちゃんと一緒に六年前も行ったね。懐かしいなぁ。もう海には行けないと思ってたけど……」
行っちゃったよ。意外とあっさりと。
先の言葉は出なかった。
トキさんは千ちゃんと似ていたけれど、笑顔も声も別物で、別人だった。
「トキさんは整形外科のお医者さん。泳いでばっかりだった千ちゃんと全然違う」
写真を眺め、目頭がじんわりと熱を持った。
話をしなくても、分かっていたはず。彼がこの世のどこにもいないことは。
それなのに、私はまだ。
彼の妹として一緒に暮らしたのはたった六年。
私が生まれてから、あのマンションで暮らした年数とほぼ同じ時間。けれど、私はずっと、千ちゃんと過ごした六年を振り返りながら生きていくだろう。
『綺咲は可愛いよ。俺とずっと一緒にいよう。守ってあげる』
父親の影に怯えていた私に千ちゃんはずっと優しい言葉をかけ続けてくれた。死んでしまうまで、人の事ばかりを気にしている人だった。あんなに優しい人を私は他に知らない。
また会いたい。また、会えるのなら、何でもしよう、と思っている。
六年前、千ちゃんが死んだ時に私も死ねばよかった。そうすれば、ずっと一緒に居る事ができたのに。
『幸せになって。未来は明るいよ』
そんな綺麗事を真顔でいう人は信用できない、と思っていた。でも、心から信頼した人が口にしたものだから、信じられるような気がした。信じてみたい、と思った。
千ちゃんの写真に手を伸ばし、指先で笑顔に触れる。挫折なんて知らない、澄んだ瞳。病気を発症する前に撮った写真。
千ちゃんは、私の唯一無二のヒーローだ。
携帯が震え、我に返る。
トキさんから、今日はありがとう、今度はいつが空いてる? とメッセージが届いた。返信はせずに、時刻を確認し、家を出た。
もう一つの職場である、あかつき書店を目指す。
ダウンジャケットの中のカイロは熱過ぎて、ポケットに入れておけず、鞄の中に入れた。
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