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「はぁ、今日もよく眠れなかったわい」
朝日が差し込む優雅なベッドルームで目覚めた、粗野でむさ苦しい顔つきの男は深いため息をついた。
部屋の中には軍服を着た30代前半くらいの士官が部屋の中を片付けながら、50を超えた辺りの、このベッドの上の怪物のような男に「おはようございます大佐」と言った。
士官の男はすらりと背が高く、軍服という誰にでも同じものが与えられる条件にして、彼の場合はあつらえたように似合っていて、誰から見てもかっこいいという印象だった。聡明で純粋な印象を与えながら、軍人の厳しさを漂わせている。
引き換えると、今ベッドに横たわっている野獣は、髪も髭も手入れはなおざりで、顔の肌も赤黒かったので、現代的な好感というのは人から持たれることはあまりなかった。彼の経歴が表すとおりの容貌という感じがした。
野獣の男は、5年前にこの小国をクーデターで手に入れた。そう。クーデターで国を民衆とともに再建したのではなく、自分の手に入れた。以来、周辺国や国際社会、当然民衆の不満や苦情を適当にごまかしながら、なんとかうまいことやってきたのだ。
ただ、5年間、「安息」という言葉を使うことは出来なかった。常にピリピリとした状況の中に身を置き、いつ誰が「自分の代わり」を狙って画策してくるかわからないのだ。
要するにそれで、彼はこの1年ほど、強い不眠になって、嘆いている。
「眠れないのに、朝の6時には目が覚める……どうなっているんだ」
「本日は、10時より国内視察があります。それまでにお着替えを」
「……。おまえも付いてくるんだろうな?」
「はい、もちろん参ります、大佐」
大佐と呼ばれる野獣男は、クーデター時に国軍の大佐だったので、国を掌握してからもそのまま大佐と呼ばれた。実質、国の支配者、大統領といったところだが、民主的な選挙が行われたことはなかったし、自分で名乗ったことも無かったから、大佐以上の地位で呼ばれることはなかった。
身の回りの世話をしている士官はローズ・ウッド少佐という。彼は大佐から絶大な信頼を得ていて、身の回りのことは全てローズ・ウッドに任せていた。
クーデターで前政権の人間を打倒し一国を手に入れた豪胆な男が、今はローズ・ウッドというこの男がいなければ不安で生活できないでいるのだった。
夜になり、大佐はまた「眠りにつく時間」になった。彼は、この時間になると、どうせ眠れないという気分が自分の脳を覚醒させる気がしていた。
「どうせまた今夜も眠れない。眠れんよ、ローズ・ウッド」
大佐は弱音を吐いた。その声音にはもう、かつての威勢のいい革命の獅子の面影は無い。政治には無関心になったし、国際社会の口撃には、報道担当者の反撃に任せっきりだ。
革命家のトレードマークである軍服を脱ぎシルクのパジャマを着た大佐が寝室に現れた。
寝室ではローズ・ウッドがベッドの点検をしている。暗殺などを警戒し、最終点検をするのもローズ・ウッド少佐の役目だった。
寝室に入ってきた大佐にローズ・ウッドは優しく目元で微笑んで言った。
「大佐。今夜はよく眠れるかもしれませんよ」
「なんだ、どういうことだ?」
「新しい寝具を取り寄せました。東洋の奇跡とも呼ばれる、安眠グッズです」
「そんなもの、今までいくらも試したじゃ無いか」
「今度の品は、相当よいと評判です。是非お試しを」
大佐は口をへの字に曲げてベッドを見ていたが、ローズ・ウッドが掛け布団を引き上げて、「さあ、横になって」という具合に促すと、納得したようにベッドに体を横たえた。
大佐はベッド上で体の位置を整え枕の膨らみを自分の首筋に当てた。そこへローズ・ウッドが掛け布団を静かに、首の辺りまで掛けてやった。
「ローズ・ウッド。おまえ、隣の部屋にいるのだろうな?」
「はい、おります。ご心配なさらずに」
「おまえのことを信頼しているぞ」
「ご期待に応えます……」
ローズ・ウッドが返事をしたときには、すでに大佐の鼻から寝息が漏れていた。
それを見たローズ・ウッドは、
「素晴らしい……。枕、敷き布団、掛け布団、それらの安眠研究の第一人者に依頼して作らせた布団一式。ベッドの沈み込みの具合、枕の適切な高さ、体にかかる布団の心地よい抱擁感。全てがここに結集したのだな」
大佐は、朝6時になって、窓からの朝日をまともに受けてもすやすやと眠っていた。ローズ・ウッドが揺り起こしても大佐は目覚めなかった。深い深い眠りについて……。
それから数日がたち、やはり大佐は目覚めず。ローズ・ウッドは決心を固めた。
「大佐。大佐が私を信頼しているというお言葉、そのご期待に応えるときが来たようです。大佐が安らかな眠りを求めたように、民衆に安らかな生活をもたらせるよう、大佐とは違う私なりの革命を実行します。大佐はまだ生きておいでですから、その名を借りたまま」
「きたい、しているぞぉ、ろぅずうっどぉ」
大佐は寝言を口走った。
ローズ・ウッド少佐は満面の笑みを浮かべ、
「いい寝顔です。大佐」そう言って軽く敬礼した。
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