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数日後
『脳科学でノーベル賞の候補となっていた白城博士がお亡くなりになりました。 犯人は既に捕まっており、金銭目的の犯行だったということで捜査を進めております』
生ぬるい風が通り抜ける。 手に持っている小さなラジオから流れるニュースが、どこか遠い場所で起きたことのように感じられた。
―――僕は被害者の名前を聞いても、当然憶えはなく・・・。
「なわけがないよ」
結局新士は記憶の消去を行わなかった。 白城の望みは十分理解できたが、限定的な記憶の消去はできないということを既に知っていたためだ。
―――お母さんには悪いけど、僕はこれでいいと思ってるよ。
―――お母さんのことを忘れて幸せに生きるだなんて有り得ないから。
―――これからはお母さんのためにも立派に生きようと思う。
ただそうは言っても前途多難であることは間違いない。 養子先となるはずだった初江は逮捕され、養子の話は白紙となった。
―――あんなことがあって初江さんのもとで暮らしたいとか、思うはずがないからいいんだけど。
一つ幸いだったことは死に際に言っていた相続財産が想定よりもかなり大金だったことだ。 更に生命保険もおり、しばらくの間なら何もしていなくても生きていけるくらいのお金は手元に残った。
―――だけど・・・。
―――・・・有難いけど、嬉しくないよ。
―――お金なんかよりもお母さんと普通に暮らしていきたかった。
―――・・・でも今更そう思ってももう遅いんだよね。
消されたはずの記憶は戻ったが、亡くなった母はもう二度と元に戻ることはないのだ。
―――僕がただ過去の記憶を持っていたのがいけなかったんだ。
―――記憶を消去しなかったから来世にまたこの記憶が残ってしまうかもしれないけど・・・。
―――来世の僕にはそれでもお母さんと一緒に幸せに暮らしていてほしい。
―――もう僕のような人生を歩まないでほしい。
孤児院へ戻ることも考えたが、もう別の誰かを親として迎える気にはなれなかった。 記憶が戻った新士は人格としては年齢以上の経験が残っている。 一人で暮らす術も今ならそれなりに思い付く。
ただ現代では子供一人で生きていくのをよしとはしない。
―――お母さんは『僕を連れてどこか遠くへ逃げればよかった』って言ってくれたよね。
―――それが無理なのも分かっていた。
―――僕ね、お母さんが活躍しているのをいつもテレビで見ていたんだよ?
―――孤児院にいた時からずっと。
―――・・・そんな有名人のお母さんが簡単に逃げられるわけがないよ。
一人で生きていくことも考えたが、白城には妹がいてそちらに引き取られることになっていた。 もし自分に何かあったら、そこまで予想して話をつけてくれていたのだ。
―――お母さんの妹さん。
―――僕のまた新しいお母さん。
―――温和で優しそうな女の人だった。
―――もしかしたらお金目的ということもあったりするのかもしれない。
だがもしそうだとしても構わなかった。
―――どれだけお金が手元にあっても、結局中学生である僕は未成年としか見られないんだ。
「僕の記憶が来世にまた受け継がれることがあるなら、お母さんの記憶は持っていきたいと思うよ」
―――それに新しいお母さんは僕にとって初めて会う人ではない。
―――お母さんの妹さんなんだ。
―――初江さんよりも大分信頼できる。
目の前にある白城の墓に好きだった小菊を添えた。
―――そう言えば、お母さんの研究所はどうなったんだろう?
―――記憶を操作できる装置がまだ残っているんだ。
―――・・・今度は僕がその跡を継ぐ番なのかもしれない。
―――そしたら来世の僕の手助けもできるのかもしれない。
白城にお別れを言うと墓を後にした。
―――あ、そうだ。
―――折角だし、新しい家へ行く前に少し孤児院にでも寄っていこうかな?
―――僕は大丈夫、この新しい家なら僕は上手くやっていけるよって報告をしないと。
新士は新たな人生に向かい歩いていった。
-END-
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