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メモリーリセット
直正(ナオマサ)は13歳になるまで孤児院で育った。 特別な能力も欠点もない普通の少年。 日々不満もないが、幸福も感じない。 孤児院にいる子供たちは様々な事情を抱えている。
親を失った子、親に捨てられた子、そして何故孤児院にいるのか分からない子。
―――小さい頃の記憶はほとんどない。
―――思い出そうとしても何故か思い出せない。
―――いつの間にかここへいて、ここの先生に保護されていた。
直正は自分がどうして孤児院にいるのか分からないのだ。 先生に聞いても分からない。 分からないため分かろうとすることを諦めた。 それでも暇を持て余せば色々と考えてしまう。
今もぼんやりとテレビを眺めながら、内容が全く入ってきていない。
―――・・・どうして小さい頃の記憶がないんだろう?
―――物心がまたついていなかったから?
―――ここへ来たのは小学校へ上がる前だったよね。
―――流石に物心はついていたと思うんだけど・・・。
―――それにしてもこの生活も今日で終わりか。
孤児院では10歳を超えるくらいの年齢から積極的に養子縁組、または里親を探している。 直正にも引き取り手が現れた。 孤児院で生きてきたことしか憶えていない直正にとって外の世界には不安がある。 それでもテレビや本などで外の情報を勉強している。 今もテレビでは何か大きな発見があったらしく、フラッシュで画面が激しく発光していた。
―――フラッシュが凄い。
―――何かの表彰かな?
―――最近よく見るなぁ、この人。
脳科学の研究者で記憶領域に関する特殊な細胞を発見したといった難しい内容を報道していた。 直正にとってあまりよく分からないが、それでも外のニュースは興味深い。
―――記憶領域?
―――・・・何だろう、それ。
―――内容が難し過ぎてあまり頭に入ってこない。
テレビを見ていると何となく頭が痛くなった。 テレビを消すとほぼ同時に先生に呼ばれた。
「直正くーん! お迎えがきたわよー」
お迎えというのは養子縁組の希望者だ。 ずっとここにいられないことは分かっているが、いざ離れるとなると物寂しい。
―――迎えが来たんだ。
―――・・・もう、こことはお別れだ。
おそらくもう戻ってくることはない。 引き取り手である女性が親として不適格なら可能性はあるが、孤児院の先生たちと面談し合格は出ているのだ。
―――今日から新しい生活が始まる。
―――あまり負担をかけないようにしないと。
―――・・・親といっても本物の親じゃないから、素直に甘えることはできないのかもしれないけど。
そう思いながらテレビをそのままに玄関の方へ行こうとする。
「直正お兄ちゃん!」
その時直正の前に小さな子供が立ち塞がった。 ここで仲よく過ごしていた年下の仲間だ。
「どうしたの?」
「直正お兄ちゃん、行っちゃうの?」
「うん。 残念だけど」
「会えなくなるのは寂しいよぉ・・・!」
孤児院にいるのは小さな子ばかりで直正が最年長だった。 次に年が近い子は二歳下になるため少し不安は残っている。
―――大体僕くらいの年齢になると誰かにもらわれる。
―――きっとこの子たちも大きくなったら同じ道を歩むんだ。
直正も年上の先輩たちが誰かにもらわれていくのを見て育ってきた。 別れは悲しいが、新たな人生を送るための旅立ちでもある。 悪い別れではないのだ。
「僕も寂しいよ。 でも・・・」
「おい、直正兄ちゃんをこれ以上困らせるなよ。 新しい親ができたのは素晴らしいことなんだぞ?」
困っていると女の子の隣にいた男の子が口を挟む。
「そうだけど・・・」
「我儘を言うな」
直正は泣きそうになりかけた女の子の頭を撫でてあげる。 もちろん二人は血が繋がってるわけではない。
ただ次に年長となる男の子からしてみれば、今後は直正の代わりを務めなければならないという意識があるのだろう。
「また遊びに来るから。 その時まで元気でいるんだよ」
「ッ・・・! うん!」
送別会は昨日のうちに終わっている。 この後は特にイベントもなく子供たちと別れ玄関へ向かう。
「直正くん、おはよう」
手を振っているのは優しそうな若い女性だ。 基本的に養子を望むのは子供が望めない夫婦であることが多い。 だからといってそれが絶対というわけではない。
彼女は未婚であるが子供だけはほしいという希望を持っているのだそうだ。 そして、彼女は子供が作れない身体であると聞いた。
―――今日からこの女性が僕のお母さんになるんだ。
―――この新しいお母さんと出会ってもう二ヶ月。
―――一緒に過ごした日々は普通に心地よかった。
―――この人なら一緒にいても上手くいくのかもしれない。
二ヶ月前から養子の相談に訪れていて、特に直正に目をかけ二ヶ月間接してきた。 そして直正も彼女が母なら大丈夫だと思い承諾した。 優しく笑う新しい母のもとへ行き深く頭を下げる。
「今日からよろしくお願いします」
直正はこの時、順風満帆な人生が待っているのだと信じて疑っていなかった。
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