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典型的なヒステリーというヤツだった。 ただ直正はそれを全く予測していなかった。
「・・・え?」
直正が油断した一瞬で初江はナイフを突き出しながら迫ってきていた。
―――その行動には何の意味も持たないはずだ。
―――なのにどうして?
何の意味もない行動だからこそ直正はそれを予想できなかった。 財宝のあった場所さえ話していないため、今自分を殺してしまえば全ての手がかりはなくなってしまうというのに。
―――どうして僕に迫ってくるの?
―――僕がまだ嘘をついていると思ってるの?
―――もしそうなら、僕を殺したら何も情報を聞き出せなくなるじゃないか。
―――じゃあ、どうして・・・。
―――それとももしかして、僕はもう用済みだから?
前世の記憶を持ち命に対する価値観が薄いことも災いしたのかもしれない。
―ドンッ。
しかし身体に強い衝撃はあったもののそれだけでナイフが直正に突き刺さることはなかった。
「え・・・!?」
目の前で崩れ落ちるように倒れたのは腹部に深々とナイフが突き刺さった白城――――本当の母だった。
「・・・ッ! お母さん!?」
直正は慌てて白城を支えたが、子供の身体では母を支えるのは難しく地面に着いてしまった。
「あぁ! 違う・・・ッ!! 私はそんなつもりじゃ・・・!!」
初江は大量の血とおそらくは人にナイフを突き立てる感触から我を取り戻していた。 訴えかける目で初江を見つめる。
「いいや、私のせいじゃない・・・ッ!!」
初江は首を横に振るばかりである。 震えている手からナイフが零れ落ちるが、今は気にしていられなかった。
「お母さん!!」
母と呼ばれたことが嬉しかったのか、白城は優しく笑って直正の頬を撫でた。
「・・・ごめんね、新士。 貴方の記憶を勝手に消したりして」
「ッ・・・!」
―――やっぱりの僕の本物のお母さんだ・・・!
前世の記憶が残る直正にとっても、白城だけが今の唯一の肉親である。 記憶を取り戻し、人格として年齢よりも大人びた直正でも自然と涙が出てきた。
―――記憶を消されたことに関しては何も恨んでいない。
―――僕を思ってしたことだから。
―――強いて言えばお母さんやお父さんのことを忘れてしまったのは悲しかった。
―――だけど・・・。
「本当は貴方を連れてどこか遠くへ逃げればよかったのにね・・・」
それも無理なことだと分かっていた。 だから首を横に振るしかない。
「いい、大丈夫。 僕はお母さんを恨んだりはしていないから」
「新士・・・」
「それよりすぐに医者を呼ぶから! もう喋らないように・・・」
―――電話はどこ!?
―――初江さんに助けを求めた方がいいのかな・・・。
辺りをも渡すと初江は未だに壁に背中を預け震える身体を自分で抑えていた。
「とりあえず救急車に連絡を!」
初江に助けを求めようか葛藤しながらも立ち上がろうとしたところで白城に止められた。
「新士。 聞いて」
「何?」
「あの記憶を操作する装置。 緑のボタンを押してからもう一度使って」
「・・・え?」
白城は突然そう言った。
「貴方に以前したことは記憶に鍵をかけただけだった。 でも研究を続けて二度と戻らないように消去する術も見つけたの。
あくまで脳に施す処置だから絶対とは言えないけど、いらない記憶が来世に受け継がれる確率は減らせると思う」
「・・・」
それは最後の白城からの優しさだった。
「私に何かあった時は全ての財産が貴方に渡るようにしてあるから、大丈夫」
「お母さん・・・」
白城はゆっくりと直正の手を握った。
「だからお願い。 全てを忘れて、幸せに生きて・・・」
そう言った白城の手は力なく落ちていった。
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