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ショッピングモールを出て回転寿司を食べよう、となった。
平日の午後三時過ぎ、店内は半分程度の入りで空気がのんびりとしている。
ふたりは旬メニューや本日のおすすめをオーダーして久しぶりの寿司を堪能した。
「やっぱり車があると買い物が楽だね」
真思が湯呑みを手にしてつぶやく。車の免許は一応持っているがペーパードライバーなのだ。
すごく苦労して取得した後、父親の車で練習したがガレージの壁に派手に擦ってしまい、実家の周囲を走るあいだに意気消沈していた。
自宅アパートの周辺は便利が良く、普段は車のない生活に不便は感じないのだが。
真思の持つコンプレックスのうち、車の運転が上位にあることを知っている田所が
「用事あるときは俺が連れてってやるよ。車の練習したくなったら付き合うし」と言ってくれる。
他人からのこういった親切は固辞してしまう真思だが、田所には「どうしても駄目なときはお願いします」と言えるようになった。
申し訳ないしやっぱり少し恥ずかしいが、田所が「無理をして真思に付き合っているのではない」ときちんと伝えてくれるからだ。
話題を変えようと真思は「さっきベンチで何読んでたの?」と聞いてみた。
「レシピ本。あれでズボラ飯なのかってびっくりした」
田所は早速何か作ってみるつもりらしい。
真思はこのフットワーク軽い感じに憧れる。興味を持ったら躊躇わない。できないことも恥ずかしがらない。学生時代からあんなふうに振る舞えたらなと密かに思ってきたのだ。
「真思は?」と聞き返されてはっとした。
「うん、パーソナルカラーとか色に関する本が見たくて」真思の言葉を田所が待ってくれている。「眼鏡をお勧めするとき、似合います?みたいに聞かれることあるんだけど。適当な感じじゃなく答えられないかな、と思ってたから」ちょっと興奮している。「自分に似合うアイウェアで楽しい気持ちになってもらえるかなって」
「俺も楽しかったよ」田所が嬉しそうに微笑んでいる。こんな一言で自分を認めてくれる。
朝のカフェでこれからは割り勘にしようと田所が提案して回転寿司もそうなった。
最初の小料理屋で奢られたままだと真思が言うと、今日付き合ってくれたからそれでチャラだと言う。そもそも俺の方が食べるからね?と言い返されて、でも運転してもらってるし、とぐだぐだ言い合ってもうキリがないね、となった。
帰りはとうとう降り出した小雨のせいで薄暗く、車のブレーキランプが連なって見える。
間欠ワイパーのあいまに、ふたりでぽつぽつとおしゃべりする。田所が困ったお客様の話をして、真思も失敗談を打ち明けた。
今日はきっと人生で一番喋っているな、と思った。
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