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ちゃんと恋人
その夜、真思は夜中に何度も目覚めてしまったが翌朝は熱もなくいつもどおりに出勤した。きちんと仕事をして、まっすぐ家に帰る。食事を作り洗濯をした。
ルーティンとなった日常を送ることで、平常心を保っている。
充之の告白に向き合うには勇気が足りなかった。そもそも、23歳の今日まで誰かを好きになったことがない。
自分に自信が持てず、特別な関係を築こうと思えなかったのだ。
家族や友人の負担になっているという意識に囚われ続け、自分のことを省みずにきたツケが回ってきていた。
考え事をしないための家事を済ませてしまうと、真思は急にそわそわとした気分に襲われる。賑やかなテレビを観る気にもなれず早目にベッドに入った。
昨夜は充之からのメッセージが届かなかった。昼間のことを考えれば気まずいから当然だ。なのにがっかりしていた。矛盾している。自分は目をそらしたまま、充之に構ってほしいなんて。
そしていま落ち着かないのは、充之からの連絡が無いせいだとうすうす気付いている。このまま連絡が途絶えてしまったら自分はどうなるのだろう。そんな創造をしてしまい、突然身体が沈むような感覚になる。
ベッドにいるはずなのにどこかに放り出されたみたいな心細さに身体を丸めて耐えた。
逃げずに考えなくちゃいけない。でも何を?思考がぐるぐる回る。この期に及んでも誰かに助けてほしいと思う。でも誰に?なんでこんなに心が苦しい?
その時だった。
『ピコン』と間の抜けた音をさせてアプリがメッセージを受信した。
『おつかれ!体調大丈夫だった?』
あんなに待っていた連絡は素っ気ないものだった。でもやっぱり充之らしい。
きっとあれこれ逡巡している真思のために、そうしてくれているのだろうと思えるのだ。
真思は飛び起きて画面を見つめていた。
たった一瞬で気持ちが変わる、そんな経験は初めてだった。
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