シャボン玉と友だち

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シャボン玉と友だち

「『しゃぼん玉』四年二組 岡崎真思」    折りたたんだ画用紙の裏に書き直した跡。 鉛筆書きのタイトルは自分の筆跡だ。 画用紙いっぱいに色の違う丸がどんどん連なっていて『友だち』だった絵は、先生の「シャボン玉が好きなのかな」のひと言で違う絵になった。  岡崎真思(おかざき まこと)は高校卒業後、専門学校へ通い希望した眼鏡店へ就職した。家族に心配されながら職場近くで始めたひとり暮らしも三年目だ。  力を込めて扉のガラスを拭き上げていると、朝の空気のなかディスプレイのフレームがきらめく。綺麗な光景を目を眇めて見る。5月もあと僅か。今日も気持ちの良い天気になりそうだ。  開店時間からほどなくして、店の前の駐車スペースに黒い軽自動車が停まる。 車から降りた男性が、真っ直ぐにこちらへと向ってきた。 「いらっしゃいませ」 真思はレジカウンターの中から若い男性客に声をかける。笑顔で、落ち着いて。 今でもとても緊張する瞬間だ。  自分の声にこちらを振り向いた顔を見て、あっと声をあげそうになった。高校のクラスメイトだった田所充之(たどころ あつし)だとすぐにわかったからだ。 背が高くて細身だった彼は、七年前のあの頃より少しがっちりしていたが切れ長な目もとは変わっていない。表情に出ませんように、と思いながら笑顔を保つ。 「あれ?岡崎?」 意外にも田所から声をかけられ、真思は少し焦ってしまった。でもそんな軽い動揺を気取られないように「田所くん、久しぶりだね」と返した。  田所とは高校一年と二年のとき同じクラスだった。記憶に残るほど会話をしたこともない筈だ。頭の中があの頃に戻ろうとするのを無理やり引き戻し、仕事中だぞと言い聞かせた。そして「眼鏡を作りにきたの?」と当たり前なことを言ってしまってまた焦る。 「そー、免許更新がちょっとやばそうで」 「それはよくないね」 田所はこちらの動揺など全然気づいていない様子で、真思も接客モードになる。そこからは最適なものをお勧めしよう、といつもどおりに希望を聞いた。  初めて眼鏡を作るという田所に、並んでいるフレームの中から顔立ちに似合いそうなタイプを指し示す。  楽しそうにあれこれと試している彼の顔を凝視してしまいそうになり、目を逸らさなければならなかった。  
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