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第12話 エピローグ・子供たちの願い
「それでほんとにせいやちゃんが犯人、つかまえたの?おつかいしただけじゃないの」
白いクリームのついた口を少し尖らせて、遼が言った。
「なかなか鋭い指摘に思えるが、しかしちがう。叔父さんは厳正にルールを守ることを第一に動かなければならない、警察官なんだ。彼の働きと機転によって、見事に犯人はうろたえ、寸前で逃亡を諦めたんだよ。それに、彼が指名した女性が、被害者の隠された顔の存在を示し、犯人割り出しに貢献したのだからね。これはすごいことだ」
「ふーん。マジすごいの、それ」
「マジすっげえよ。あんな悪いやつを野放しにしたら、きっと別の場所でも人を殺していた。殺人って中毒性あるからね。無事、あくにんをゲットだぜ!」
「あくにんをゲット!」
「そんなバカみたいな感じの話し方、しないの」また七海が言った。
「はい、ごめんなさい」男二人は小さくなってうなずいた。
「少し質問していいですか、誰にも話したりませんから」
しかし七海は、自分から宇藤木に尋ねた。
「はいどうぞ」
「結局、犯人は脅迫されていたんですか」
「そうです、二時間ドラマの犯人みたいに」宇藤木は大きくうなずいた。「某おばあさんを殺した犯人は、彼が許すことのできない人事への口出しを –––– きみも大人になればこの嫌さはわかると思うけど –––– 図ろうとした上司を、相手の酔いを上手に利用して道に押し出し、トラックに跳ね飛ばさせた。おばあさんはそれを偶然目撃して、動画にも撮ったと脅し、お金をゆすりとろうとした。犯人はときどき店にきていたから、耳元でささやくのは簡単だし不自然でもなかった。優しげな容姿の相手を見慣れていたために、舐めていたのかも知れない。偶然を利用し、憎い上司を始末した見た目通りの気弱な男と考え、恐喝した。ところが」
宇藤木は指を一本突き出した。遼が嬉しそうな顔をした。ドラマの主人公みたいだからだろう。
「相手は彼女の予想よりはるかに凶暴な男だった。彼にとっておばあさんは、完全殺人の瑕疵でしかなかった。おばあさんは郵便局の帰り、ひとりでいるところを車で連れ去られ、そして犯人のほしい情報を与えられなかったので、怒った犯人にひどい目に合わされて殺された」
幼い遼が、うなずきつつ聞いているのを見て、(ちょっと刺激的すぎるかも)と、みずるは思ったが、宇藤木はかまわずに語り続けた。
「おばあさんは、犯人が家探ししそうなところに、人が近づくと録画を開始するカメラをこっそりしかけていた。セッティングには少々問題があったけど、家探しの最中に犯人がつい漏らした罵り声が見事に録音できていた。結果オーライということですね」
「おばあさんが脅迫に使った殺人の証拠って、実際にあったのですか」
「うん、いい質問だ。姉弟そろって鋭いね。あとで家を大掃除したが、それらしい動画はいまだに見つかっていない。おそらくただの脅しだった可能性が高い。あるいは、おばあさんが撮ったと思い込んでいただけ。そういえば防犯カメラの購入自体、家族には黙っていたんだな。あれをもっと活用できていれば、結果はまた違ったかもしれない」
おずおずと遼が口を挟んだ。「仲、悪かったのかな」
姉弟の家族にも、嫁姑問題があるのかなと思いつつ、みずるが言った。
「どうだろう、家族の関係って単純じゃないから。ただ、長男家族の言葉を信じるなら、お店をやめると同時に同居をスタートの予定で、家を新築中だったそうよ。ご飯だって自分で作るのをやめて、たいていは息子さんのお家から運んでた。それって用意が大変なのよ、減塩食だから。ただし犯行当日は冷凍食品をレンチンする日だったとかで、お孫さんが悔しがってたわ。夕食に呼べばよかったって」
「防犯カメラを黙ってたのは」宇藤木が言った。「たぶん、理由が知れると息子家族に怒られると考えた。それに、万が一襲われても大したことないと見くびっていたようだね。これによる教訓は、危ない橋を渡るときは自動車と同様、十分な保険をかけておくべきということだ。二時間ドラマでも、犯人を恐喝したやつはたいてい無残に殺される」
「こらっ、子供の前で変なこと言わない」
姉弟は懸命に笑いを噛み殺している。宇藤木が気持ち良さげに続けた。
「でも、犯人はカッとなると止まらないたちだった。優しげな外見からは伺えなくても、暴力には慣れていた。過去に余罪のある気もするが、現在のところ不明だ。おばあさんを殺したのだって、成り行きじゃなく、最初からそのつもりだったと思うよ」
「死体を隠したりするつもりはなかったんでしょうか。前に、死体を薬品で消してしまう人のDVDを見ました。そしたら完全犯罪になるから。アメリカのお話」と、七海が聞いてきた。
「すごいのを見てるな。叔父さんの提供?」
七海はうなずいた。
「やっぱり教育熱心だ。ベンチに置いたのは、いちおうはかく乱のつもりだったようだ。前にちょっとだけ似た事件があったからね。それと死体を隠さず、あんなひどいことをしたのは、自分の完全殺人計画をつぶされたせいもあり、犯人はものすごく怒っていたのだと思う。人をやすやすと殺すような奴は、冷静で論理的に見えても、ぜんぜんそうじゃないんだな。クレイジーだ。ちなみに、君たちの叔父さんはへんてこりんに見えるだろうが、そんなことは決してしないし、許さない。正真正銘、弱いものの味方だから、安心してね」
そのとき、店内にとびきり明るく威勢の良い音楽が響いた。あっ、という顔をして遼がそれに耳を傾けた。特撮番組の主題歌のようだ。みずるは、その陽気な節回しに、どことなく救われた気がした。
それをしばらく聞いていた七海が、ふたたび尋ねた。
「おばあさんがお金を揺すろうとしたのは、お友達の病気のワンちゃんのため?」
「おそらく、直接の理由はそれかな。孫かなにかと誤解していた可能性はあるにしても。ただ、バカバカしいと思うかも知れないけど、自分のためにはやらないことも、他人のためにはがんばっちゃえる人が世の中にはいる。人でなく犬だったと知ったら、どう考えたかはわからないが」
宇藤木がそう言うと七海は、彼とみずるの顔を交互に、そしてまっすぐに見て言った。
「そのおばあさん、ほんとうは恐喝というのをやってみたかったんじゃないでしょうか」
「ふむ。君はそう思うかい」
「おばあさんは、何十年もいい人扱いをされていたって言ってましたよね」
「ああ、その通り」
「おおぜいファンがいたわ。わたしも実際に会った」宇藤木とみずるが交互にうなずいた。
「でもおばあさんは、そろそろ飽きてたのではないでしょうか。いい人に飽きて、悪いことがしてみたかったのだと思います。それに、悪人と張り合えたら、自分が元気だって証明にもなるじゃないですか。あと、脅迫に使った動画はなかったってことですが、そのほうがゲームっぽくて面白かったのかもしれないですよね。わたし、なんとなくわかる気がするんです。悪い自分に憧れる気持ちとか、人を騙すのが楽しいって気持ちが」
一気にしゃべった七海の顔を、宇藤木が見つめた。賞賛の表情が浮かんでいる。
「その意見は、初めて聞くが興味深いな。うん。なかなかいい。わたしは頭の病気のせいで思考がショートしたせいととらえていたが、うん、そっちの意見がもっといいかも。彼女は女優になりたかったわけだから、同じ役を演じるのに飽きたのかもしれない。あるいはあたらしい役にチャレンジするつもりだったとかね」宇藤木は繰り返しうなずいた。
「そして、当人はゲームまたはお芝居の感覚だったのに、相手はそうじゃなかった。ぐっとくる指摘だなあ。七海さんがそう言ってくれて、はじめて気がついたよ」
「そうですか」七海が恥ずかしそうにした。
「修行不足を思い知らされたよ。七海さんの考えた線でさらに考えると、もしかしたら某おばあさんは、実は似たようなことを、過去にもやっていた疑いが出てくる。犯人がそうであったように、おばあさんも脅しの経験があり、手慣れていたのかも。最後にあれほど危険な相手と見抜けず大失敗したわけだけど、別の相手なら成功していたかもしれない」
「七海さんすごいな。もしかしたらこの仕事に適性があるのかもね、おそらく叔父さんより、ずっと」みずるも笑いながら言った。
返事はなかったが、七海の頬が赤くなった。横にいた弟の遼もまた、姉が喜んでいるとわかったのか、ニコニコしている。
仲のいい姉弟だな、と思ってみずるは嬉しくなった。
すると、遼が聞いた。
「ねえ、閉まっちゃったお菓子屋さんは、どうなったの?」
「それは、柳瀬さんから教えてもらったわ」みずるが答えた。「おばあさんのお子さんたちは、店をもう一度開く気はなかった。大変なのがよくわかっていたのね。そしたら、商店街の人たちが後押しして、よその若い人がそっくりの四角いお菓子を売り出したんですって。それも商店街の東と西に、それぞれ別の店が二軒できたの。形は同じで、餡の種類が増えて、粒あん以外にはカスタードと、お芋の餡だったかな。あとは季節でいろいろ変えるそうよ」
「おいしそう」遼は顔をほころばせた。
「あたらしいお店は、テレビの地域ニュースでも取り上げられたりして、はじめは行列ができた。でも、柳瀬さんによると、今は落ち着いちゃって、期待ほど商店街を盛り上げていないんですって。値段もあがったし、店の人はおばあさんみたいにおしゃべりが上手じゃないし。それで最近になって、事件のイメージが良くないせいだって、ぶうぶう文句を言ってるそうよ。商店街のおじさんたち」
「変なの」
「そうよね、わかっててはじめたくせにね。それで中には、逆に事件を宣伝に使えば良いって言う人もいるの」
そう言って、みずるが宇藤木を手で示すと、すました顔で彼は抗弁した。
「血のように赤い苺ジャム味を追加するとかさ、アイデアはいくらでもある。表面に四角いスペースが空いているのだから、いかにも怖そうな焼印を入れるのもいい。悲鳴を上げる老婆の顔とかさ。『死ぬほど美味しい』って宣伝コピーはどうかなあ。例のベンチのそばで売ればいいんだ。みんなよろこんでインスタに上げるし、そのうちテレビの心霊番組が取材にくるかもしれない」
「ほら、ね」みずるは二人を諭した。「七海さんと遼くんは、こんな見た目だけのおっさんの言葉、決して真に受けちゃだめよ。ここまでひどい奴は、めずらしいけどね」
姉弟はついにのけぞって笑い出した。
おだやかな風が昼前の明るい光の中に吹いていた。
「この連中、ぜったいしめし合わせている」和気みずるの声がした。「互いに庇いあって、尻尾をつかめないようにしてる」
「考えたんだけど、決して表に出てこない、もう一人を隠そうとしているのかもしれない。どう、この意見。もうひとり謎の人物Xがいるってのは」宇藤木の声もした。
「うーん。面白すぎるから、それについては保留」
「ゆったりプラザ」のエントランスホールには、顔をしかめ、紙に印刷した物とパソコン画面を交互に睨んでいるみずると宇藤木がいた。青空のもと、さわやかな気分で検討しようと明るく広々とした場所を選んだのに、話はさわやかには進んでいなかった。
「なんか、考えてるだけなのに、すっごい疲れた」
「糖分が足らない。ボンタン飴はない。どうしよう」
煮詰まった様子の二人のもとに、若い男がおずおずと近づいてきた。難波刑事だ。
両手に紙袋を下げている。
「どうもー。お仕事ご苦労さんです」彼にしては控えめな声をかけた。いきなり体を飛び込ませることもしなかった。「おっ、それはたしか……」
「そう。おかげさまで。例のやつ」みずるが体を動かし、わざとらしく画面を隠した。
「まだシークレットよ」そう言うと、宇藤木も言った。
「そう。この段階では愚痴ることすらできない。しかしめんどくさいな。人間が多すぎる」
「メインは四人でしょう」
「充分多すぎる。わたしは登場人物の多いドラマは嫌いなのです。長いのも。だから、難波くんご推奨のゲーム・オブ・スローンズだって嫌」
「そりゃ、残念です。BOXをプレゼントしようと思わないでもなかったのに」
二人は今、ある一連の事件に特定の男女四人組が関わっていると見て、調べ直す作業をしていた。ただし、持ち込んできたのは難波の所属する県警本部の刑事課とは異なっていて、彼はにおいをかぐ程度しか状況が伝えられていない。
「それより、いまごろなに。当面はお役に立てませんよ。ご承知のように、これはそちら様とは別方面からの案件にございますからね」
我ながら、いやみなお局みたいな言い方だと思いつつ、みずるは聞いた。
「いや、ちょいとそこまできたもんで」
「おたがい職場は、ほんのすぐそこだよね」
「やだなあ、大人の表現ですよ。今日は子供に関するお礼ですけど。はい、どうぞ」
彼は二つの紙袋を差し出した。
「姉夫婦からのお礼が届いたんです。先日は、チビどもの面倒を見ていただき、ありがとうございました。おまけに二日に渡って。いやー、いつも生意気なあいつらが、あれほど別れを惜しむなんて、貴重なものを見せてもらいましたわー、ホンマ。よっぽど楽しかったみたいです。また、お願いしますねー、なんちゃって」
「考えとくねー。だってこの前は、担当のはずのおじさんが行方不明になっちゃったせいだし、仕方ないよね。子供とテーマパークの行列に並ぶ宇藤木氏というレアな絵柄も楽しめたしー、っておまえ、それぐらいで許されると思うなよ」みずるはすごんだ。
「いたいけな子供たちを放置したまま、二日続けてバックれやがって。心にやましさはないのかよ」
「ひっ。だからこのように下手に出てるじゃありませんか」
しかしみずるは、つい彼の持った袋に目線を落としてしまい、難波への追撃をストップした。
明るい柄の紙袋に記憶がある。中身は菓子折のようだった。こちらも垢抜けた絵柄の包装紙に包まれており、難波に似つかわしくない。宇藤木もまた、興味なさげな顔をしつつ、こっそり見ている。長い時間打ち合わせをしていて、ふたりとも空腹だったのだ。
「これ、東京のデパートにしかなくて、おまけに並ばないと手に入らないやつよね。と、いうことは難波さんが代理で買ったわけじゃない。ふーん。お気を遣わせまして」
「ほほほほほ、さすが探偵コンビの片割れ。見抜きましたか。まあ、姉夫婦には人脈がありますから、なんとかなるんです。ときどきむかつくけど、まあいいや。それに、おかげで僕の用事も無事すみました。もしかして、成果を聞きたい?」
「いらん。それに、あの二人はなかなか興味深かった。どちらも間違いなくおじさんより見所がある。少なくとも、健やかに育つことを願わずにいられない、いい子たちだった」
「え、宇藤木さんがそんなことを言ってくれるとは、なんていうか、叔父として感無量だなあ。和気さんはどうでした」
「わたしもこれに関しては同意見。おじさんは不快だけど、あの姉弟は、どちらもとってもすてきな子だったよ、お世辞抜きで。お礼の手紙もいただきましたし」
「あれっ、そんなことを」
「それも、二人ともですよ」
「その後、家族からおじさんが受けた冷たい扱いについて触れてあったのは、笑った」
「えっ、なんて書いてありました、ちょびっと教えてもらいたい」
「いや」
「いや」
「なんでこんな時だけハモるんですか。ぼくの得た秘密の重要情報を漏らしますから」
「なんのこと?」
「いや、ひとつは遼なんですが、あのあとやっぱりおねしょしたそうです」
「あらっ、かわいそうに。よっぽど怖かったのね。この大きいやつの暴走、ちゃんと止めとけばよかったわ。悪かった」
「だからこそ人は進化する」
「なに言ってるの。頭を鉈で割られた状態を仔細に説明しようとするからでしょ」
「だって、死体に興味があるって言うから」
「それは、恐竜の化石のことだろ」
「あ」難波が思いついたように礼を言った。「遼に化石フィギュア付き恐竜図鑑を買い与えてやって下さって、ありがとうございました。毎晩枕元に置いて寝ているみたいで、将来は恐竜探偵になってもいいって語っておるそうです。そんな職業が存在するのかは知りませんが」
「むはは、自ら新ジャンルを切り開けばいいのです」
「それで七海の方は、漫画家または小説家になりたいとの将来目標について、変更を検討しているそうです」
「あら。なにをめざすの」
「キャリア公務員ですと。それも、僕の下の姉みたいな夢に乏しいのじゃないって主張するんですよ。ここまで言えばもうおわかりでしょう。目標は和気さんだそうです。和気さんみたいになって社会経験を積んでから、作家活動に入ってもいいと考えているらしい」
「それは、光栄と感じるべきなのかしら」
「でもね、そのあとがひどいんですよ」難波が急に情けない声を出した。
「和気さんの後釜を狙って、宇藤木さんの相棒の座をゲットするのかって聞いたら、違うって言うんです。二人の協力を仰いで、この僕を一人前のホンモノの刑事にするのが当面の課題なんですって。その頃になったら、オイラいったい何歳だ!」
難波は吠えてみせた。
「なら大丈夫。まだたっぷり時間に余裕はあるからさ、本物となるまでに」
宇藤木の言葉に、みずるは声をあげて笑った。
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