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1 俺は、初めて人を殺した
ポケットの中に、地図がある。
B 5のコピー用紙に、目的地までの道と目印だけが印字された簡単なものだ。
既に散々歩いた。角を曲がる。通りに出る。その度に開いては、折り畳んでポケットの中に突っ込んでを繰り返し、すっかりくしゃくしゃになっている。
それも、目印である不動産屋の黄色い派手な看板を見つけた時点で、役目を終えた。スマホを取り出し、ロックを解除する。夜の九時。それだけ確認すると、すぐにまたポケットに仕舞った。
立ち止まったまま、歩道沿いにあるアパートを見上げる。
辺りは暗く、人通りもほとんどない。
着込んだヒートテックと、厚手のライドダウン。すっかり冷え込んだ空気から身を守るには、それでも心許ない。こうして立っているだけで、芯から震えがくる。
白い息を吐きながら、俺は探していた──ここから立ち去る理由を。分かっている。進んでしまえば、もう戻れない。今までの生活──今までの俺には。
唇をぎゅっと噛む。俺は自分に問いかけた。
──どうしてこんなところにいるんだろう。
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