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夢猫のシローネ
ボクは雲の上で夢を売る、白い夢猫のシローネ。
お花畑の中心で、踊りながら客寄せをしているニャ!
この世界に生きる、人間以外のすべての生き物に、夢を見せるのがお仕事ニャ。
「一時間千円、七時間五千円、十二時間一万円ニャ! よってき、よってき♪ ボクが勇気と、夢を見せてあげるニャン♪」
踊っていたボクは、ふと視線を感じて、ピタッと止まる。
「あの……」
声のする方を見ると、幼い黒兎さんが、左頬をおさえながら震えて、じっとボクを見上げている。
「黒兎さん、買っていくニャ?」
黒兎さんの目は、海の色をしていた。首には、大きな青いリボンをつけている。
「一時間千円、お願いするウサ!」
「ニャ♪ では、どんな夢が見たいのかニャン?」
「え、えと……。お父さんに頭を撫でてもらえる夢は……?」
「……え? 現実のお父さんに頼まないニャか?」
「無理ウサ……?」
ぷるぷる震えながら見つめられて、うっと思わず後退る。
黒兎さんの左頬が赤くなっている。
(これは……)
想像通りなら、お父さんにぶたれたのだろう。
「ボクが見せる夢は、現実で叶えようとすれば叶う夢。勇気が出ない時に勇気を出す力にするニャ」
「駄目ウサ……?」
じわっと黒兎さんの瞳がうるむ。
(そんな目で見ないでニャ~!)
「仕方ないニャ~。じゃあ、見せられる夢かどうか確認だけニャよ?」
「うん!」
ボクは黒兎さんのおでこをデコピンした。
キャッと目をつぶった黒兎さんが目を開ける。
「?」
「今、何が見える?」
「夢猫さんウサ」
「……ありゃ、そ……そう」
ボクが見えるということは、その夢は叶わないということだ。
「駄目だったウサ?」
「……ボクが叶えられるのは、さっきも言ったけど、叶えようとすれば叶う夢ニャ」
「……そうウサ」
しゅんとしてしまう黒兎さんに、なにもしてあげられないのが悔しい。
「その代わり」
「ウサ?」
ボクは堪らず、黒兎さんの頭を撫でた。
すると、ボロボロと黒兎さんが泣き出した。
「あー、ごめんニャ。ごめんニャ~」
ふるふると首を振る黒兎さん。
ボクは周りの動物達に白い目で見られながら、黒兎さんが泣き止むのを待った。
「……私、叶わないのわかっているウサ」
「どうして?」
「……」
「あ、言わなくても」
「……ごめんウサ」
どうして叶わないんだろう?
そんなに怖いお父さんなんだろうか?
「撫でてほしくなったら、いつでもおいでニャ。もちろん無理にとは言わないニャン」
黒兎さんがペコリとお辞儀して帰っていくと、それを待っていたかのように狐さんに声をかけられた。
「シローネさん、今日もひとつ確認を!」
この狐さんは常連だ。
と言っても、買う側の常連ではない。
その夢が叶うかどうかを確認する。
そしたら夢を見ずに、自らの力で叶えて、報告に来るのだ。
それはそれで、ありだと思う。
ボクもお金の為にやっているわけじゃないから。
「今日はどんな?」
「今日は一目惚れした子がいて……」
「どんな子?」
「さっきの……黒兎さん」
だから、いなくなったら来たんだ。
なんとまぁ。
「じゃあ、目を閉じて」
「へぇい」
ギュッと目を閉じる狐さんに、ていっとデコピンをする。
目を開けた狐さんは驚いた。
そこに、黒兎さんがいたからだ。
「ひぇっ」
『どうしたウサ?』
狐さんはあまりに動揺して、辺りを見まわす。
「シローネさーん、シローネさぁん!」
『怒るウサよ! いつも、シローネさんのことばかり!』
狐さんはハッとする。
目の前の黒兎さんが、自分と同じくらいの大人の姿であることに。
(ってぇことは、努力すれば叶うけど、叶うのはだいぶ先ってぇことコン)
「いい夢を見れたコーン! チェックは成功だコン! おいら、黒兎さんが見れやした。もう、胸がいっぱいコン! 戻してぇ! 心臓がもたねぇでさ~!」
すると、目の前の黒兎さんがシローネに変わる。
「それはよかったニャ。今日は気分でサービスしたニャ! またいい知らせを待ってるニャよ」
「ど~も~!」
そんなふたりを、はるか遠くで黒兎さんは見ていた。
そして、はあっと溜息をついた。
(何を話しているウサ? 楽しそうウサ……。私も夢が見たかったウサ。なんで見られなかったウサ?)
ボクはふと黒兎さんの視線を感じて、そちらを見た。
淋しそうだし、つまらなそうだった。
その翌朝、ボクはまた踊っていた。
毎日、踊っている。これは日課だ。
「シローネさぁん、今日もお仕事お疲れ様ですコーン!」
「狐さん、ありがとニャァ」
「そいつぁ、おいらの言葉ですよぉ。昨日はサービスありがコン!」
ボクが笑うと、つられて狐さんも笑う。
「ところで」
「ニャ?」
「今日は誰も来てないんすコン?」
「……そうだね。昨日から」
「ありゃあ、黒兎さんを泣かせたみたいに見えているコン?」
「わからニャい」
きっと、そうだと思う。でも、お仕事をしていたら、そう見えてしまうのだろう。
お金をもらうということは、そういうことだ。
「なんの話ウサ?」
「ひえっ」
「あ、黒兎さん」
「私、「ミササ」ウサ。そう呼んでウサ」
今日は、何をしに来たのだろう。
なんだか、少し怒っているように見える。
「じゃあ、ミササさん」
「そうウサ」
「おいらも呼んでいいっすコン?」
「……どうぞウサ」
「黒兎さん」
「……ミササウサ」
「じゃ、じゃあボクのこともシローネと」
「わかったウサ」
ウササの隣で、狐さんが百面相している。
(応援しているニャンよ~)
「昨日のこと」
「?」
「どうして、お父さんに頭を撫でられるのが無理かわかったウサ」
「どう……。あ、言わなくても」
「言うウサ! 聞いて欲しいウサ」
ウササが雲の上に座ったので、ボクもそこに座り、狐さんも後から座る。
「今のお父さんは偽物ウサ」
「え……」
「私、ずっと騙されていたウサ」
「誰に、なんでニャ?」
ウササは教えてくれた。
「お母さんウサ」
バタッとそこに寝そべると、ウササは語り始めた。
「私のお父さんは、今のお父さんは……本当のお父さんじゃないウサ」
「それでニャか」
「そう……。私は思ったウサ、もっと意識が曖昧な時、優しかったお父さんに頭を撫でてほしかったウサ。でも、今のお父さんは、本当のお父さんじゃなく、後からお母さんの大切な人になったウサ。本当のお父さんは、もういないウサ」
「亡くなってしまったコン?」
「狐さん……」
「あっ、すまねぇっすコン」
「違うウサ」
「じゃあ、どういう……」
「本当のお父さんにも、新しい家族がいるウサ」
「……それぞれに家庭があるから、頭を撫でにこれないというわけだニャ?」
「……そうウサ」
それじゃ夢は叶わないはずだ。
お互いに家族がいる。もし本当のお父さんが、本当の娘の頭を撫でたら、今いる奥さんはなんて思うだろう。奥さんだけなら我慢するかもしれない。もし、そこに新たな命がいたとしたら、その子も傷つくのだ。だから、優しいお父さんだったなら、頭を撫でにはこないだろう。
「私、どうすればいいウサ?」
きっと答えは出ているのだろう。
だけど、誰かに言いたかったに違いない。
「素直に、今の家族に打ち明ける道もあるニャ。でも、互いに家族がいるとなると、本当の気持ちを伝えることで壊れてしまうこともある。ボクにはなんとも助言できない。難しい問題ニャ。ごめんニャ」
ウササは、哀しい顔はしたけど、すぐに笑おうとした。
「……おいら、言いたいことがあるコン」
「狐さん?」
「ウササに言いたいコン」
「何……?」
ゴクリと唾を飲み、狐さんが拳を握る。
「ウササ、付き合ってほしいコン!」
「!」
驚いたのはボクだ。
あっけにとられたのはウササ。
「おいら、お金はねぇけど愛はあるコン! ウササのお父さんにはなれねぇけど、ウササの旦那さんになるコン! 一生守っていくコン! いっぱい頭撫でるコーン!」
急になにを言い出すのだ。狐さん。そう思うけど、ウササを見たら、顔が真っ赤だ。
(おや……?)
胸にささったのかもしれない。
それは傷ついた胸だからかもしれないけど、それでもささったはささったのだ。
「わ、私……」
ウササがすくっと立ち上がると、思わずボクはその手を掴んだ。
「ウサ!」
思い切り振り払われて、走り去ってしまうウササ。
狐さんがそれを慌てて追いかける。
ボクは反省した。
でも、やりきれない気持ちもあった。
あの時、手を掴むべきだったのは狐さんだ。狐さんにうまくいって欲しくて、止めない狐さんの代わりに止めたのだ。
(なんで、いつもボクが悪者なんだニャアア~~!)
「ウササ! ウササってぇ!」
「ついてこないでウサ!」
「好きなんだから追いかけるコン!」
「いつ好きになったウサ!」
全力疾走するウサに、ギリギリ追いかける狐さん。
「ひーとーめーぼーれーコォン!」
バタッと石につまづき、転んでしまう狐さん。
「!」
ウササはなさけない顔で見上げてくる狐さんを置き去りにできず、立ち止まる。
「……し、仕方ないウサ。手を貸すウサ」
ウササが手を差し伸べると、狐さんはニコッと笑った。
その笑顔を見て、ウササは顔が真っ赤になる。
「ウササ、大好きコォン!」
ぺしんっと頭をはたかれても、狐さんはすごく嬉しそうだ。
「もう、バカバカ! ウササ、恥ずかしい……ウサァ」
そんなにふたりがイチャイチャしているのも知らず、ボクはぽけぇっとしていた。
その後、戻ってきたふたりは、なんと手を繋いでいた。
「よ……よかったニャア」
正直、ほっとした。
ほんと、もう、はぁぁって感じでもあるけど。
「シローネさんのおかげっすコン!」
「……ウササは、シローネさんはなにもしてないと思うウサ」
「そんなこと言うと、シローネさんが落ち込むコォン」
(落ち込むってだけで、認めるのニャ? 狐さん……)
「ふたりが幸せなら、それでいいニャよ」
「シローネさぁん」
「うわっ、狐さん、抱きつくニャア!」
「狐さん、ウササが好きって言ったウサ!」
「ウササ~~~~! 誤解コォン!」
また逃げられて、また追いかけて、ふたりは、どうなっているんだろう。
見えなくなるくらいの場所で、石につまづいて、転ぶ狐さん。それを見て、仕方なく近づいていくウササ。
手を差し伸べるウササを引っ張って、ギューッとする狐さんがうらやましい。
(狐さんのドジっ子め)
これくらい思うのは、神様も許してくれるだろう。
その後、いくら待っても、ふたりは戻ってこなかった。
ずっと狐さんがウササを離さなかったからだ。
ウササは赤面しながらも、スリスリしてくる狐さんをはねのけられず、狐さんの肩に寄り掛かった。
(ギリギリの視界で、イチャイチャせんでもろてええええ)
ボクの絶叫を抱きしめてくれる相手は、今のボクにはまだいない……。
でも、それでも、前向きで、諦めない狐さんは大好きだった。
この先、どうなっていくかは、もう見せる必要もないだろう。
「あの……」
声をかけられ、雲の上で横たわっていたボクは、慌てて立ち上がる。
そこには、首に十字架をかけた黒猫さんが立っていた。
「お仕事ですニャ?」
「はい! 夢猫さん!」
ボクはシローネ。
ボクが見せる夢は、現実で叶えようとすれば叶う夢。勇気が出ない時に勇気を出す力になる。そう信じて、前進して欲しいのニャ!
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