とーんときた 前編 作者:ますあか

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とーんときた 前編 作者:ますあか

018 風太 設定集 雑賀 Saika 風遁 Fuuton 正宗 Masamune Sword 酒飲みでお調子者 戦いを好まず風遁で逃げがち やるときはやる 実は方向音痴 惚れっぽく旅先で恋に落ちるがいつも失恋する(寅さん的な) なくしてもわかるよう笠に「忍」と書いたが忍は沢山いるので意味がなかった。 名前を書けと言われるが流石にそれはダサいと思っている 断の閃光刀でも彼の正宗だけは折ることができない ●その男はのんべえで、とても忍に見えなかった 雲ひとつない空の下、その男は口笛を吹いてぶらぶらと歩いていた。 その歩き方はいかにもお調子者であると語っている。 男の服装は、紺と白の縞模様が特徴の道中合羽(どうちゅうがっぱ)を羽織っていた。 とりわけ目をひくのが三度笠(さんどがさ)だ。笠に朱色の文字で「忍」と書かれている。 こんなふざけた忍が世の中にいると知れたら、きっと笑われてしまうだろう。 風太「はあ、今日はいい天気だねえ」 酒器(しゅき)を片手にぶらぶらと歩いていた。 風太「こんなお天道様がいい日は、酒を呑むのにかぎるねえ」 そう言って、酒器から酒を呑もうとした。 風太「うん? 」 酒器を口元に寄せて、ぐいっと呑むつもりが、酒器からいっこうに酒は出てこない。 風太「ああ、ついてない。酒がなくなっちまったか」 ないものは仕方がない。 しかし、えらく口がさみしいので男は仕方なく道ばたに生えている若々しい樹を探した。めぼしい樹を見つけると、新芽のついた枝をポキッと折って、表面の皮を剥ぎ、手頃な長さに揃えて口にくわえた。 男は酒がなくなったとき、樹木の枝で噛み爪楊枝(つまようじ)を噛むようなこの行為で、酒への思いをしのぐのが癖だった。 風太「町にでもいきゃあ、酒もあるだろう」 近場の町をさっと探した。 おそらく一刻(約二時間)程度で近場の町に着くだろう。 「酒を呑むのに、一刻もかかるなんてなあ」 枝を噛みながら、ぶらぶらと気怠げに歩き町へ向かった。 ●居酒に天女がいた 町に着くと、町人は男に驚いた。 枝を爪楊枝のようにくわえている。まあ、よく目立つ男だ。 男は立ち並ぶ店の中から居酒(いざけ)を見つけると、さっと中に入った。 そのときだ。 男は衝撃を受けた。 天女がいた。 えらく可愛い笑顔でこちらを見て、 そよ「お客さん、いらっしゃい。こっちの席に座ってください」 そう声をかけられた。 風太「あ、ああ」 おかみさん「お客さん。そよが気になるかい? 」 風太「そよ……、あの子はそよって言うのか? 」 おかみさん「気立ての良い、人気者さ。町の男連中は、みんなあの子に首ったけなんよ」 町の連中が首ったけになるのも分かる。 そよが笑うと花が咲いたようにその場の空気が明るくなる。 客たちもそよの笑顔につられるように笑顔になっていく。 ●告白、撃沈 そよが注文を聞きに、こちらへ来た。 よし、ここはひとつ気の利いた言葉でも言っておこう。 風太「よお、おまえさん、えらいべっぴんさんだな」 俺がそう褒めると、顔をほころばせてこう言った。 そよ「ふふ、お兄さんそんな褒めても何も出ませんよ」 そよは慣れた様子でお世辞をかわすように言った。 ちいっとも相手にしてもらえない。 しかし、不思議と少しも不快に感じない。 そよ「ご注文は? 」 風太「ここのおすすめの酒のさかなと、それに合った酒を頼むよ」 そよ「うちは芋の煮ころばしがおいしいんですよ。それに合った酒を用意しますね」 ●変な虫がきた そよが酒を取りに行こうとしたそのときだった。 居酒の表が騒々しい。 おかみさん「やだ! またあのぼんくらが来た」 おかみさんが嫌そうな顔をして、そよを部屋の奥へ連れて行こうとしたとき、歳若い男がずかずかと居酒に入ってきた。 千左衛門「おい、そよは居るか? ちょっとうちへ来い」 そよ「千左衛門さん。あの今は居酒の手伝い中だから」 千左衛門「おれの女になりゃ、こんな居酒の客なんて相手にする必要もねえ。おれは金持ちで、お前を困らせたりしない。こんなちびちびと酒を頼む奴らとは違うさ」 居酒のお客(壱)「なんだと?!」 居酒のお客(弐)「さっきから勝手なことを言いやがって」 今にも男と客たちでケンカをおっぱじめようとする空気だ。 ●風来坊は空気を読む 風太「おっと、いけねえ」 千左衛門「お前、なにしやがる。着物が汚れちまっただろ!」 がんっ 千左衛門は大層苛立ったのか風太を突き飛ばす。 風太「おお、手荒いねえ。悪い、悪い。手が滑っちまって」 風太は気にもしない様子で答えた。 その返答が余計に千左衛門の気に障ったのだろう。顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。 千左衛門「おい、弁償してもらおうか」 風太「俺にはその着物が高く見えねえなあ。なんせただの通りすがりなもんでえ。安え物か高え物か分かりません。それより、気をつけた方がいいですよ」 千左衛門「なに?」 風太「今日は風が強いんで、そんな薄っぺらい着物はめくれちまう」 千左衛門「風? 今日はぜんぜん風なんて吹いてねえだろう! ふざけたことを言いやがって」 そのとき、男の足下でぶわっと風が吹き上がった。突然の風に男は慌てふためく。 千左衛門「なんだ、家の中でえ、なんで風が吹いてんだ?! 」 男の着物は風でめくれ、薄汚れた褌(ふんどし)が現れた。 千左衛門「なっ?! このっ! 見るんじゃねえ」 男は鬼のような形相で居酒にいる客たちを睨みつける。 千左衛門「くそっ」 男は舌打ちをして居酒から出て行った。 居酒の客たちは、男が確かに店を出て行ったことを確認すると悪態をつき始めた。 居酒の客(弐)「六尺ふんどしでもないなんて、何が金持ちだ。あいつも大したことねえなあ」 居酒の客(壱)「そんとおりだなあ~」 客たちが『がはは』っと笑うと、居酒の中に流れていた緊張感が一気にとけた。 ●とーんときた 風太「ふう、困った野郎だったな」 すると、そよが駆け寄ってきた。目元が涙ぐんでいる。 そよ「お客さん……。私のせいで、申し訳ない。お怪我はありませんか」 そのとき、おれはこの娘にとーんときた。 どくっ、どくっと ものすごく胸が早鐘のように打つ。 確かにあの男がとーんとくるのは分かる。 この娘を守ってやりたい、泣かないで欲しいという気持ちが心の底から湧いてくる。 このとき俺は、そよに恋に落ちたのだった。
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